短編



随分と、差が開いてしまった。
幼馴染である炭治郎を追うように私も最終選別を受け鬼殺隊へ入った。隊服を着ている私の姿を見た炭治郎は驚いていたけど、私はずっと炭治郎の隣に居たかったのだ。
けれど、炭治郎のように私は同じ稽古ができず、元々少しあったその差は誰が見てもわかるくらいには開いていた。
役に立ちたい。一緒に戦いたい。その意志は今でも変わらない。変わらないけど、意志だけではどうにもならないことがあるのだと、ある日思わされた。

「あら、それで今は全然会ってないの?」

町の定食屋で積み重ねられたお椀の隙間から向かいに座っている甘露寺さんは私へ尋ねた。
今日あった任務で苦戦を強いられていたところ、近くにいたという甘露寺さんが救援に来てくれた。数人で一匹の鬼と対峙していたのに甘露寺さんがその場へ姿を現してすぐ、瞬く間に鬼の頸は跳んだ。
息も絶え絶えに今まで互角であった私たちとの実力差を見せつけられたものの、『お腹空いちゃった!何か食べに行かない?』と軽く稽古をした後のような笑顔を見せた。その場にいた他の男隊士たちが『俺たちも……』と呟いていたけど、それが甘露寺さんの耳に入る前にすたこらとここに来る前に美味しそうな匂いがするお店があったのよ、と私の手を引っ張って、今に至る。
柱である甘露寺さんと話せる機会はほぼないのでどういう人だか気になってはいたけど、噂通りの人だった。

「はい」

色恋沙汰が好きな甘露寺さんとは、まるで普通の女の子に戻ったかのような会話をしていた。
好きな人はいるの?なんて聞かれ、正直にいますと答えてしまった。どんな人、と更に聞かれてから私は甘露寺さんが醸し出す穏やかな雰囲気に今までのことを話しだした。
幼馴染が好きなこと、その人が好きで追うように鬼殺隊に入ったこと、この前一緒になった任務で共闘し、私のせいでその人は怪我を負ってしまったこと。
共闘することは今まで何度かあったが、その日の鬼にはかなり手こずらされた。私なんてまるで役に立たず、足手纏いにしかなっていなかった。そんな私を鬼は真っ先に目を付け、牙を向けられた瞬間、私を庇うように炭治郎は私に被さって怪我を負ってしまったのだ。
そのことに負い目を感じていて、帰った蝶屋敷ではずっと看病をしていたけど、

は俺が守らないといけない子だから』

と、影で聞いてしまった一言に屋敷を飛び出してしまったのだ。そして、もう帰らないとも決めている。
幼馴染の情で私なんかを守る対象にしていては、炭治郎は気付いたら私の代わりに命を落としてしまっていそうで怖かった。

「でも、男の子がそう話すのって、好きだからじゃないのかしら?つまり、両思いよ!」
「いや、ないです。それはないです、絶対に」

鬼殺隊でも恋人がいる人たちはちらほらといる。結婚している人だっている。だから誰かを思ったりするのは不思議なことではないとわかってはいるものの、炭治郎においてはそれはないだろう。禰豆子ちゃんを人間に戻すことで頭の中はいっぱいで、だからこそ私との差もぐんぐんと開いているのだと思った。邪な思いを持った私なんて守らなくていい。
私の返答に甘露寺さんは難しい顔を見せていた。

「でも手紙が来てるんでしょう?帰ってきてほしいって」
「それは、保護者のようなもので……、心配しすぎなんです」

甘露寺さんとこのお店に入る前、私に一羽の鎹鴉が飛んできた。その鴉からの手紙を受け取って、差出人がわかった私は中身を見ずに懐へしまった。
内容は多分、どこにいるんだ、会いたい、帰ってきてくれないか、という炭治郎からの手紙だった。私が蝶屋敷を飛び出してから、炭治郎からずっとこのように手紙が送られてくる。私がそれに応じたことはない。

「きっとその内来なくなると思うので」

今だけだ。きっと、その内私のことなんてどうでもよくなって、記憶も薄らいでいくだろう。炭治郎の中に私の存在なんてなくていい。好きだけど、炭治郎が私のせいで怪我をすることなんて私には耐え難かった。

蝶屋敷を出てから数ヶ月。未だに手紙は飛んでくる。返信がないのに、どうして送ってくるのか私にはわからなかった。
書いてあることは同じだから内容なんてもう目を通さなくなったけど、まだ炭治郎と関わりがあるようで、早く断ち切りたかった。

「お前弱そうだな」
「!っ」

満月のその日、鴉の指令通り鬼の出現場所へと足を運び、山奥で気配を探っていた。前後左右上下に気を配っていたはずなのに、いつの間にか私の背後に現れた鬼に勢いよく突き飛ばされた。
なんとか受け身をとって立ち上がろうとするが、その前に首を掴まれギリギリと締め付けられる。
あっという間に意識がなくなってきてしまい、朦朧とした意識の中でも私は炭治郎のことを思い浮かべていた。手紙、次に送った時に届かないことを知ったら彼はどう思うだろうか。だとしたら、もう手紙を寄越してこないで、と一報くらいいれておくべきだっただろうか。そんなことを考えてしまっているくらいには、現実とは意識がかけ離されていた。
今しがた鳴った金属音は、私が放してしまった日輪刀だろうか。笑ってしまうほどに、あっけない最期だった。

「二度と触るな!!」

遠退いていく意識の中で耳に鳴った声は、頭の中で思い描いていた人だけど、なんだか別人のような声色で、思考回路がおかしくなったのだと、ふつ、と意識が途切れた。


「う、……ん、」


さっき私が聞いた幻聴とは違う、その人らしい穏やかな声色で名前を呼ばれ、瞼を開けた。ぼやけた視界が徐々に鮮明になっていく中で、目の前には煌々としている月を背景に幼馴染の姿があった。

「……たっ、ゴホッ、」
「毒が回ってるんだ!禰豆子に消してもらったけど急に動かない方がいい」

生きていたことにも、目の前に炭治郎がいることにも目を疑って身体を起こそうとしたけど、肺に激痛が走った。首を絞められたことだけではなく、あれだけ早く意識が遠退いたのは鬼がその手から毒を放っていたのだと今になってわかる。
炭治郎はいつもの市松模様の羽織を着ていない。私の頭がふかふかとしているのはそのお陰のようだった。
また、助けられてしまった。炭治郎は無事だっただろうか。

「ごめんね」

出した声はかなり掠れていた。もしかしたら、危うく声も失ってしまうところだったのかもしれない。
告げた私に炭治郎は眉を顰めた。

「それは、何に対してだ?」
「……弱くて、役に立たなくて」

運よく炭治郎が助けてくれたけど、私はきっと真っ先に死んでしまう。
自分が一緒にいなかったから私が死んでしまったとか、炭治郎には思ってほしくないから私が強くなればいいだけの話なのに、努力しても努力しても、強い鬼はいくらでも現れる。

「足手纏いでごめんね」
「違う。俺、怒ってるんだ」
「……」
「ずっと探してたんだぞ」
「……私といると炭治郎、すぐ死んじゃう」

私の手をそっと掴んだ炭治郎から目を逸らした。
逸らした先では禰豆子ちゃんも私を心配そうに見つめていた。炭治郎は、この子を元に戻さなきゃいけないから、私に構ったりしたらその前に死んでしまう。
勝手に私が炭治郎を追ってきただけなのだから、以前のように戻るだけ。

「死なないよ」
「庇うでしょ」
がいなくなったら怖いから」

もう片方の手で、炭治郎はこっちを見てと言わんばかりに頬に触れて自分の方へ向ける。

「好きな子は、守りたいって思うよ」

隔てるものは分厚くて、夜空に浮かぶ艶やかな満月ほどに高いと思っていたのに、嘘偽りないその言葉だけで、その壁はポロポロと崩れていった。

ふたりの絶対条件


2020/08リクエスト企画世マル様へ!