短編



考えても欲しいものなんて本人ではないし、彼のように音で人の気持ちがわかる五感も持ち合わせていないから、正直に誕生日に何が欲しいかを尋ねた私が間違いだったのだろうか。

「君かな」

普段は痛いだの怖いだの行きたくないだの喚き散らす高音はどこへ言ったのやら、低い声で口の端を上げ、こっちを斜め四十五度の角度で見据えてくるものだからドン引いて、なかったことにしようと背を向けた。

「嘘嘘嘘!嘘だからあねえ無視しないで俺寂しくて死んじゃうからぁあ」

冷たい視線を送った私にいつも通りの声を出して後ろを付いてくるこの男、我妻善逸は私の同期だ。最終選別で鬼に泣き喚きながら逃げていたのを見て助けた時、女である私にしがみついて命の恩人だ、なんて手を合わせられ、なぜかそのまま一緒に行動することになってしまった。鬼殺隊に入りたくてここへ来たのではないかと問えば、育手である人に引っ叩かれて泣く泣く来たとか。それを聞いて、残念ながらこの最終選別で生き残れたとしてもこの人は早々に命を落としてしまうのではないか、と呆れつつも少し心配だった。
けど、命の恩人なのはこっちの方だった。
最終日。夜が明ければ最終選別に生き残れ、鬼殺隊員として鬼狩りができると間近に迫っていた時、鬼と戦う中で足を痛めてしまった。
その場から動くことができない私は善逸へ逃げてと告げたけど、私が足を痛めてしまっていた段階で善逸は気絶をしてしまっていたらしい。
ああ、終わった、鬼殺隊に入れることなく私は命を落としてしまう。ここで死んでしまうくらいだから、それだけの技量がなかったということなのだろう、そんなことを思いながら鬼から目を離し、夜空に浮かぶ月を見上げた時だった。
雷のような鈍い音が間近で轟き、気付けば私に襲い掛かっていた鬼の頸は吹っ飛んでいた。尋常ではない速さと太刀筋に、今まで散々泣き喚いて私の後ろに隠れていた男が自分よりも数段格上であると知った。まあ、起きた時には最初から戦えよと思って今起きたことを説明すれば何が何だかわかっていないようだったので、本人は自分の強さに気付いていないらしい。

「じゃあ何が欲しいのか考えてよ、教えてよ」

それが人に物を頼む態度かと誰かに言われそうでもあるが、どうしても素直になることができずにいた。
何かと任務では一緒になることが多くて近くでこの男の戦い方を見ていれば、それには素直に惚れ込んでしまうのだけれど、蝶屋敷への帰路で美人に鼻の下を伸ばしているところを見ているとぐつぐつと心の底から黒い感情が芽生えてきてしまっていた。
炭治郎に善逸の素行を愚痴のように零せば平然と『は善逸のことが好きなんだな!』と面と向かって言われた時は面をくらった。でも、否定ができなかった。つまりは同期以上の思いを悔しくも募らせてしまっているのだが、本人はそのことにもまるで気付いていない。音で気付かないのかと苛立ってしまうけど、『そんな物好き今までいなかったからなんの音かわかんねーんだろ』と伊之助の言葉に納得してしまった。

「そう言われてもな……、ていうか、どうしたの急に?」

立ち止まって可愛げもなく睨みを利かせる私に善逸は頬を掻きながら眉を下げる。
この男は自分の誕生日も記憶していないのだろうか。

「誕生日でしょ!九月三日!」
「……ああ、そういうこと!?」

最終選別の時に、何か会話をして怖さを紛らわせてあげようと思って興味があったわけではなかったが聞いていたのだ。
私が詰め寄ると善逸は本当に気付いていなかったようで目をまん丸くさせている。
折角、私が善逸と会って最初の誕生日を迎えるのだから、あの時助けてくれたお礼も兼ねて何か贈り物をしたかった。
冗談で『君かな』なんて言ってのけたけど、善逸にとっては私なんて同期の一人でそれ以上でも以下でもないことはわかっている。一緒に町に歩いていても可愛らしい女の子へすぐ声をかけに行ってしまうし。

「いや、俺の誕生日なんてどうでもいいよ!」
「……」
「誕生日いつ?って聞かれたときに答えるために適当に決めた日なだけだし」

だから、私にとってもそれ以上でもそれ以下でもない、ただのお礼のはずだった。
へらへらと目の前で笑いながら、さも自分には関係のないことのように話す善逸に唇を噛み締めた。ただのお礼に過ぎないけど、私にはそれが、私の気持ちさえも否定するように聞こえた。
知ってはいた。善逸は捨て子であったから、本当の誕生日だって知らないし自分で決めた誕生日だということも。でも、自分で決めた日に、どうでもいいだなんて口にして欲しくなかった。

「そんなことよりさ、」
「そんなことってなに」
「……あ、え」
「どうして、そういうこと言うの」
「ご、ごめん怒った……?」

いつもいつも、欲望には忠実なくせに自分のことなんてどうでもいいと蔑んだりするのだ。
それが私には悔しくて堪らない。本当は、自分で思っているよりもずっと強くて頼りになって、時々だけどかっこいいと思うときだってあるのに。自己評価の低さに私が泣きたくなってしまう。
俯きながら低く呟く私に慌てふためいている様子が手の動きから伝わってくる。怒ったかって、そんなの怒るに決まっている。

「わかったよ」
「あの、さん??」
「善逸にとってはなんでもない日なんだね、どうでもいいんだね私が悪かったです!」
「ちょ、」
「でも私にとっては大事な日なの!」

私に手の平を向けて落ち着いてとばかりに制止をかける仕草をしているけど、一体誰のせいだと思っているのだ。
欲しい物の一つも聞き出せないままふん、と善逸に背を向けて床板を踏み鳴らした。

、」
「ついてこないでよ!」

別に、喧嘩をしたいわけじゃなかったのに。
私がもっと温厚で可愛げのある女の子だったら上手く聞き出すことができただろうか。どうでもいい誕生日、と言われたところでそんなことないよ、と優しく首を横に振れただろうか。素直になることができない自分にも嫌気がさした。

それからはずっと気まずいままで、善逸は私に話しかけようとしていたけど私が避けてしまっていた。
そんなことを続けていれば、神様がきっと私に罰を与えたのだろう。善逸の誕生日前夜、善逸の元に指令が入り、日付けを超える頃、善逸は蝶屋敷にはいなかった。けれども幸い場所はすぐ近くのようだった。
善逸のことだからすぐに気絶して鬼の頸を斬って、朝方戻ってくるだろうと思っていた。でも、いくら待てども善逸は戻ってこなかった。
理由ならいくらでも考えられる。また町で女の子にちょっかい出していたり、給料使いはたす勢いで明日には死ぬかもしれないと鰻をたらふく食べているのかもしれない。だけど、喧嘩して気まずいまま戻ってこない現状に底知れぬ不安を抱いてしまった。

「私、探してくる」
「え、?」
「今頃一人で走馬灯でも見てるかもしれない」
「待って、救援要請も来ていないし大丈、!」

稽古の途中、まるで身が入っていない私に怪我をするから今日はやめておこうと提案した炭治郎の言葉も聞かず、稽古場から飛び出した。
冷静になれば私を止めようとした炭治郎のような考えだって理解できたはずなのに、このまま一生の別れだなんて絶対嫌だという思いが先行してしまっていた。
南西、町へ降りた先の山奥と鴉は鳴いていたはず。屋敷を飛び出して探しにいこうとその方向へ足を踏み出した時だった。

「うわ!」
「!、」

まさか、屋敷の敷居を跨いで方向転換した瞬間、人がいるとは思っておらず、勢いのままにぶつかった私はその場に尻餅をつきそうになったが腰に腕を回されそれは免れた。
その代わりか、どさどさと周りに何かが落ちる音が耳に鳴る。
私なんかでは成し得ない速さで私を支えてくれていたのは、今まさに探しに行こうと、会いたいと思っていた男だった。

「……善逸」
「なに、どうしちゃったの、今から任務?」
「こっちの台詞」
「え……?え、ああ、ごめん!!」

いないと思っていた男が目の前に現れ、状況が瞬時に飲み込めずに働かない頭のまま呟くと、何を勘違いしたのか善逸は私の身体からパッと手を離し距離を置いた。

「別にこれに乗じてもっと触ったりとか、そんなこと一切考えてませんから!!」
「……」
「柔らかいな~、ふわふわしてるな~、とかは思っ……ああ!違くて!!」

一人でぺらぺらと喋り出す善逸に私はただその場に立ち尽くしていた。頭を抱えて左右に首を振った善逸はそうだ、と周りに散らばった荷物を集め出す。
手土産のような箱が沢山あって、仄かに甘い香りも鼻を掠める。

「なに、その荷物」

どうして帰りがこんなに遅かったのか、どこへほっつき歩いていたのか、心配していたのにとか、そんな言葉は私の頭から抜け落ちて、懐いっぱいに荷物を抱える善逸へ瞬きを繰り返した。
善逸は一度目を逸らしてから、私へ様子を窺うようにしながら口を開いた。

が喜びそうなものを沢山……」
「……は」
「や、だってずっと怒らせちゃってたし、このままとずっと話せないなんて耐えらんないし、だから今まで町に行った時にがよく見てたものとか色々買ってきたんだ、け……ど、って、ええ!?!?ちょっえっごめんやっぱ気持ち悪い!?ごめんね!?」
「違う!」

弱々しく言葉を濁らせていく善逸が滲んでいって、驚いた声を上げたことに涙が溢れてしまっているのに気付いた。抱えている荷物と私を見比べながら一歩距離を置いたものだから、もう離れないでと言葉にはせずとも袖を掴んだ。
泣き顔を見られたくないと俯いたまま、募らせていた思いを吐き出すように息を切らした。

「今日、誰の誕生日だと思ってるの、馬鹿なの……?何してるの、本当に……」

本当は、私が善逸のように両手一杯に贈り物を持って喜ばせたいと思っていたのに、何をしているんだ。私は。
怒らせて、心配させて、気を遣わせてしまって。馬鹿みたいだ。

「あ、あのさ

唇をギュッと噛み締めてなんとか地面を濡らす涙を堪えている私に善逸はいつになく真剣な声色で私を呼んだ。
一度荷物を丁寧に地面に置いて、私の手をそっと掴んだ。

「俺、女の子には沢山嫌われてきたけどさ……いや、嫌われたくないのは山々だけどね?」
「…………」
「でもにだけは、何があっても嫌われたくないんだ」

生粋の女好きであろうとも、多少なりとも好みがあることは知っている。私のような怒りっぽい類の人間は苦手だということだって知っている。だから、私は善逸のことが好きであっても善逸はそうではないということ、今後好きになってくれることなんてないこともわかっていた。
そう自分で理解して、諦めていたつもりだったのに、見上げた先で目にした表情に思わず涙が止まってしまった。

「だからその、もので釣ろうってわけじゃないけどさ、仲良くしてほしい、な、って……、?」

まっすぐに私を見据えた善逸に私は胸がどくりと熱くなってしまったのに、どうしてすぐそうやって萎れていってしまうのだろうか。
ただ、善逸の言葉に安心してしまった私はもたれかかるように頭をコツンと胸板に押し付けた。
思ったよりも早かった鼓動にこっちまで移ってしまいそうだ。
勝手に怒って、避けてしまっていたのに善逸はそれでも私のことを気にしてくれていたことにすっと胸の内が軽くなった気がした。

「ねえ」
「う、うん?」
「誕生日に欲しいもの、私って言ったの、あれ本当に嘘?」
「え、いや、え……?」
「あげられるけど」

どくどくと、放った私の言葉には何も反応がなく胸の音だけがずっと聞こえている。
なんとか言ったらどうなの、本当に冗談だったらとんだ恥さらしだと恐る恐る見上げれば、おそらくこの男は、言葉通り固まっていた。

「ちょ、ちょっと、ねえ」
「……欲しい」
「!」

顔の前で手を振り抜け出ていそうな魂を呼び戻そうとすると、がしっと両肩を掴まれる。
そのままずい、と顔を寄せた善逸に反射的に後ろへ頭を引いてしまった。

「してもいいってことでしょ?そうなんだよね!?」
「ちょ、や、でも、善逸は、」
「好きだよ!もうずっと!でも全然俺のこと興味なさそうにするしさ?悲しいでしょ!わかる!?わからないよね自分にまるで興味がなさそうにされる男の気持ちなんて!焼いてくれないかなとか思うでしょ!?男だもの!!」

私は好きだけど、善逸はそうでもないかもしれない。柔らかいだとかさっきも言っていたしただ単純にそういうことがしたいだけかもしれないと勘ぐったのだけれど、どうやら私の見当違いであったらしい。私の目の前で女の子に猫撫で声で駆けていたのは、気を引かせようとしていたのも一部あるようで、矢継ぎ早に思いを告げる善逸に唾を飲み込んだ。
必死な様子な善逸に黙っていると、肩を掴む力が強くなる。

「俺、今日が生まれてから一番幸せな日だと今実感してるよ」
「……それは、良かった」
「うん、本当に」

満足そうに、泣き出してしまいそうなくらい幸せそうに目を細めて笑って、抵抗しない私へそっと顔を寄せた。
ああくる、と思って目を瞑ったけど、予想に反し善逸は私の前髪を掻き分けて額に唇を落とした。
離れた善逸は心底嬉しそうに頬を緩める。

「ありがとう。最高の誕生日だよ!」
「…………」
「え、ご、ごめんやっぱり嫌だった……?ごめ、」
「そっちじゃない」

期待をさせておいて、善逸はそういうつもりではなかったのかと悔しくなった。
なんてことない誕生日が善逸にとって、もっと特別な日になってほしい。私にとっても大事な日にしたい。
口を尖らせた私へ、顔を引きつりあらぬ方向に勘違いした善逸の羽織を掴み、距離を詰めるようにぐ、と引き寄せた。

愛であれ