短編



蝶屋敷に身を置いて、隊士の方が住むことになるなんて初めてだった。それほどまでにしのぶ様はこの御三方に一目置いているんだろう。そんなに凄い人達なのだから、手厚くもてなさなきゃ、そう思って日々仕事に励んでいたのに、ただ一人だけ、全くと言っていいほど鬼を狩っているとは到底思えない隊士が一人いた。

「ねえ~今度お茶しにいかない~?近くの町でさ、すごく美味しそうなお団子出してる茶屋があったんだよね、ちゃんそういうの好きでしょ?」
「好きではありますけど…」
「なら一緒に行こうよ、毎日毎日ずっとここで仕事してるけどたまには外でて美味しいもの食べに行こうよ、気晴らしにもなるしさ!ね?俺もちゃんともっとお話したいしさあ」

暇さえあれば私の後ろをちょこちょこついて回るこの人、我妻善逸さん。鍛錬だって自分からはあまり積極的に参加しないし、この人に対しては、”どうして炭治郎さんたちと一緒にいるんだろう”という疑問ばかりなのだ。

「お話はありがたいんですけど、私は隊士の方とそう仲良くできる身でもないので…」
「大丈夫!!俺はまぐれで選別に生き残ったただの運のいいヤツだから!ぜんっぜんすごくないのよ俺は!ね!!だから一緒にお茶しにいこう!」

キリッとした笑顔を見せる善逸さんに苦笑い。自慢にならないことをこんなに自慢げに、綺麗にドヤ顔しながら言う人初めて見た。とにかく善逸さんは私が見てきた隊士の中で異質な存在なのだ。それでも、気付いたら鬼の頸が飛んでいて奇跡的に帰ってこれたよ会いたかったよとか言いながらも軽傷で帰ってくるし、この人が不思議でならない。

「私とお茶に行くより善逸さんは鍛錬した方がいいんじゃないですか…」
「わかってる!鍛錬もすごく大事なのはわかってる!自分が生きる為にね!でも俺の生き甲斐だってあるわけよ、鬼の頸を切ることだけが俺の人生じゃないわけ。わかってくれる?」
「まあ、それは…」

自分が何を目的に生きているのか。ここに身を置いている人たちは鬼のいない平和な日々を取り戻すこと。そう願って刀を振るっている人がほとんどだろう。でも、それだけじゃなくて。自分のやりたいことというのはここにいても少なからず人それぞれあるだろうというのはわかってる。

「でしょう!俺にとってそれはちゃんと美味しいお団子食べながら楽しくお喋りすることなわけ!だから一緒にお団子食べにいこう!?」
「いや私は…」
「善逸、ちゃん困ってるだろう」

私にずい、と近寄る善逸さんに今回はどう断ろうか考えていると、距離を取らせるように間に入ってきたのは炭治郎さんだった。炭治郎さんはよくこうして現れて、宥めるほか時には善逸さんを引っ張っていく。それを見るたびに私は飼い主か何かなのだろうか…とその様を見送るのだ。

「なんだよ炭治郎!」
「困ってる匂いがした。善逸だってわかるだろう?」
「困ってない、困ってないよねちゃん?」
「ええと…」

なんとも言い難く、私は善逸さんから目を逸らした。すると、ええ!困ってたの!?と高い声を上げる。どこからその声はだしているんだろうか。

「俺はさ、いつもちゃんが忙しそうに働いてるからたまには外にでて年頃の町の女の子みたいに楽しそうにしてるところが見たいと思っただけなんだよ、嫌いにならないでお願いだからぁあ…」
「なってません!なってないので泣かないでください!」

しゃがみこんで今にも泣き出してしまいそうな善逸さんに私も屈んで視線を合わせた。子供だなあ…。だからこう、いつもハッキリと断れないのだけれど。

「ただ、私ずっと不思議で…」
「何が…」
「なんか、こう言ってはなんですが善逸さんは隊士っぽくないと言いますか…、でも鬼は討伐してきてくださいますし、どう接していいのか…」
「普通に接して!あわよくばみんなより優しく笑顔を振りまいてほしい!」
「そういうところなんですけど…」

殺伐とした雰囲気が善逸さんにはまるでない。だから調子が狂う。自分がとても平和な世界にいるみたいで。この人の方が恐ろしいものと対峙しているというのに、それがこの屋敷にいる間は微塵もない。そう、普通の人なんだ。女好きの度が過ぎている気がするけど。
私の手を両手で包み込む善逸さんに口を噤む。すると様子を見ていた炭治郎さんが横から口を挟んだ。

ちゃん、善逸は確かに隊士っぽくないかもしれないけど…」
「ちょ、炭治郎?悪口?」
「善逸は、人に見られないところで努力してるんだよ」
「…え、」

見上げた先の炭治郎さんはにこりと微笑んで私たちを見下ろしていた。その善逸さんに視線を運べば、口をだらしなく開けたまま炭治郎さんを見ている。こんな人が、影で努力…。

「一度手合わせするところ、見にこないか?」
「いや、いやいやいやちゃんはそんなの見なくていいの!かわいい笑顔で俺とお話してくれたらそれでいいからさ!ね!!?男二人打ち合ってるの見てもつまらないからね!?ぜんっぜんかっこよくないしむさくるしいだけだし」
「行きます」
「だよねえつまらないよね……ってええ!?」

今までは特に自分からその様子をちゃんと見ることはなかったけど、折角だから、新しい一面が見れる気がして。そうすれば、不思議なこの人のこと少しはわかるようになるかなと思って。
だから、お言葉に甘えて見学させてもらうことにした。善逸さんはそんなことよりお茶を…と最後まで粘ってきたけど、それが終わってからなら、という理由をつけて丸め込んだ。行くなら二人ではなくみんなで、だけどそれは言わない。

「じゃあ始めるぞ!いつも通り型を使うのはなしだ」
「わかってるよ…女の子に見られてると緊張するな……」
「行くぞ!」

始まるまではいつもの善逸さんだったけど、炭治郎さんが構えて踏み込んだ瞬間、表情も、周りの空気も変わった感覚がした。
激しい打ち合いに途中途中目で追えない時があったほど。素直に、すごいと思った。そこには私の知る善逸さんはいなかった。
二人の持つ竹刀が同時に吹っ飛んで、そこで一度打ち合いは終わった。

「相打ちか…すごいな、善逸にはなかなか勝てないよ」
「いや、前は炭治郎にやられたし…って、そうだちゃん!もうね見ててもつまらなかったでしょ?お団子食べに……ちゃん?」

おーいって、すぐそばに、目の前にいるのに遠くから呼ばれているような感じがする。正直に、驚いた。あんななよなよとしていた善逸さんがこうも刀を持って相手と対峙すると変わるのかと。その迫力に、胸がどくどくと脈打っている。

「……ちゃん、どうしたの?音が、なんか凄いけど…」
「…!いや、」
「もしかして…!」

嫌な予感がした。今まで、私はこういう感情を持ったことがないわけではない。でもここでお世話になってからは無縁だったのだ。そんな暇だってないし、そんなことにうつつを抜かしている場合でもないし。だから、この胸の高鳴りに私は知らないフリをしていたいのに。

「惚れたの!?」
「!!」
「やっぱりそうなんだね!?」

両肩を掴まれて顔を近づけられて、顔に熱が溜まっていくのを実感した。
この人は、耳がとてもいいから。困っているのも怒っているのもわかっているはずなのに聞こえないフリをしていることはしょっちゅうなのに、今回のもそうであってほしかった。なんで、そんなこと声を大にして言えるのか。羞恥の思いでその場から逃げようとすると、その人は私の足元で泣き崩れ始めた。

「何だよぉお~!!!炭治郎かよやっぱりお前みたいなヤツが女の子にモテるんだよもおぉお」
「……へ…」
「俺だって頑張ってるのにさあぁあ!!」
「……いや善逸、多分ちゃんは…」
「言わないでください!!」

おそらく私の気持ちを理解したであろう炭治郎さんは代弁しようとするが、それは言わなくていいことで。むしろ知られたくないことで。善逸さんは間抜けな顔をして不思議そうに見るけど、本当のことなんて絶対に教えられない。

「何、もしかして俺の知らない間にもう二人ってそういう関係だったわけ!?抜け駆けなんてずるいぞ炭治郎!!」
「善逸落ち着け…」
「何で俺はダメなんだよぉお~!!!」

善逸さんの嘆きを聴きながら、私は当分善逸さんには近づかないことを誓った。近づいたら、音でバレてしまうのでお茶も行きません。

反響