紆余曲折

貰った物

“かっこいい”と、言われたことがないわけではなかった。ただ、女の子には思い返せば言われたことはなかった気がする。
鬼を討伐して村人を助けた時なんか、あの人が助けてくれたんだよ、かっこよかった、なんて落ち着いてから子供が親に話してたり。そのレベルだ。
僕のことが知りたいとか、手を繋ぎたいとか、全部初めてだ。それがの言っていた好きな人、ってことになるのだろうか。
お弁当を食べたばかりでお腹は満たされたのに、どこか満たされていない。

「あら、時透くん」

この辺かな、と立ち止まって先ほどまでの右手に触れていた手を胸にあてていると全く聞き覚えのない声に名前を呼ばれた。声がした方を向くと、やっぱり見ず知らずの女の人だった。何で名前知ってるんだろう。その人は反物屋の前で小さい出店を開いていた。並べられているのは帯とか飾り紐とかの小物。

「ふふ、ちゃんが仲良くしてる男の子だって、町で知らない人はいないくらいよ」

ああ、なるほど。確かに今日もそうだけど店の中以外でも一緒にいることはあったし、顔の広そうなのことだ。町に住んでるわけでもない誰かと仲良くしていれば町中に自ずと知れ渡ってしまうんだろう。

「聞きたいことがあるんですけど」
「何かしら、ちゃんのこと?ちゃんの好きなものはね…」
「いやそうじゃなくて。変わったこと、何でもいいんだけどありませんでしたか」

頬に手をあてて一人でにっこりと微笑みながら話を進めてしまいそうだったこの人を遮った。自分の母親の歳くらいだ。女の人って本当に話すのが好きだなと思う。この町は何事もなさそうだけど、声をかけられたから、一応。

「変わったこと?そうねえ…、うーん…」
「ないですか」
ちゃんね」

誰に聞いても、変わったことなんてない、と話していた。本当に隣の町とは大違いで。隣の町じゃ変わったことがあったかなんて聞くのがもはや悪者とまでされてしまうような殺伐とした雰囲気だ。早く見つけなきゃいけないのに、ずっと見つからないままだ。きっとこの人も変わったことはないと、そう言うだろうと決めつけていた。
それなのに、その名前に心臓がどくりとした。

「どういう…」
ちゃん、時透くんに会ってからなんだかとても変わったわ」

もしかして、が鬼なのか。なんて考えがよぎってしまった。鬼によっては気配だってなくせてもおかしくはない。実際目の前に鬼らしい姿を現すまでわからなかった鬼だっていたんだ。
ただ、はちゃんと藤の花の香り袋を手にしていた。
けど、藤の花が効かない鬼がいるとしたら?そんな鬼には今まで遭ったことはないけど、”今まで遭ったことがない”鬼なんて日常茶飯事だ。

―どこに住んでるの?―
―もっと知りたいから……時透くんのこと―

そう、言っていた。あれはもしかして、鬼殺隊の拠点を探ろうとしていた?
炎天下の中歩いていたけど、日光を克服した鬼だってすぐ身近にいる。ここで人間として化けて暮らすために、波風立てないよう暮らしている、とか。
藤の花だっていつも身に付けているわけじゃないのは、本当は苦手なものであるから、とか。そういえば、今日も身に付けていなかったんだ。言おうと思っていたのに、調子を狂わされるから。

ちゃん、お母さんが亡くなっちゃってねえ。仲良かったのよお私、ちゃんのお母さんと。でも不幸があってねえ。亡くなってからお店を手伝うようになったんだけど、最初は失敗ばかりで上手くいかなかったみたい」

そうだ。そもそもは鎹鴉が見つけて、お館様に香り袋を渡してきてくれと頼まれてきたんだ。それに、鬼だったら親だっていないはず。誰かの子供に化けることなんて不可能だ。
記憶を操作でもしない限りは。
ああ、どうしてもそういう方向に考えてしまう自分が嫌だ。だから、は僕に近付いたのか、って。可能性は少なからずあるんだ。それなら、自分のことを話そうともしない僕のことに拘る必要性がでてくるから。

「でも、仲居さんとうまくやれて。お母さんと重ねているのかもね」
「……」
「今お休み中のね。ちゃん、鶴沢山折ってるでしょう?早く治るようにって。本当にいい子だわあ」

ああ、あの鶴って、そういうことだったのか。のことだから、漠然と何かいいことがあると考えて折っているのかと思っていた。

「本当にいい子で。だから無理に笑っているところがあったと思うんだけど、時透くんが来てからそれがなくなったわ」

鬼が、そこまで他人の心配なんてするだろうか。そこまで町の人と仲良くする必要あるだろうか。むしろ擬態するのであれば、ひっそりと暮らした方が都合が良さそうだ。
けどは違う。この町の人みんなから、愛されている。

「それで?」
「…?」

鬼なはずがない。むしろ、が鬼だったら相当強い鬼ということになってしまう。そこまで擬態できるし更には稀血だと惑わすことができるということだ。そんな鬼、上弦くらいだろう。……上弦の、鬼…。
黙ってその人の話を聞いて、今までのとのやり取りを思い返していると、今度はその人が僕に問いを投げかけた。

「時透くんはちゃんのこと、好き?」
「…僕は、って」
ちゃんはどう見たって時透くんが好きだもの」

そんなことを、言われても。いや、そのことは、もう今日のそれでわかってはいるけど。
いつもと同じような心拍数になる。今日だってそうだったが僕のことを好きなら、それと同じ僕もそういうことになるんだろうか。
答えが出ない僕にその人がふふ、と口元を手で押さえて微かに笑った。

「これからも仲良くしてね。あの店の、というよりはこの町の看板娘だからね。お祭りは一緒に行くの?」
「いや、それは行かない…」
「あらまあ残念。花火がよく見える場所があるのよ。そこ穴場でね。人も少ないからおすすめで。私も若い頃は…」
「人が少ない場所は危険だからダメだよ」
「心配してるのね。でもうちの町は大丈夫よ、危ない人なんていないから」

鬼じゃなくて、稀血の人間ならダメだ。絶対に。そんな場所へ行くなんて鬼の格好の餌食となる。こんな話をしたって、この人もも信じないからどうすることもできないけれど。

「……ねえ、これください」

信じないのは今の僕も同じだ。きっと鬼じゃない、でも、絶対とは言い切れずにいた。握りしめていた拳の力を抜いて、ふと目に入った飾り紐を手に取る。

「まあ、買っていってくれるの?ちゃんに?」
「そう」
「きっと喜ぶわ、好きな男の子からだもの」

鬼であるならば、斬るだけだ。けど、疑うんじゃなくて信じていたい、だなんて、そんなことを思うのも初めてだ。


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