紆余曲折

初めて聞く鼓動

絶対違う気がする。だって人を好きになるって、あんなに淡々とその人に言うものではない。…多分。こないだまでは知らんぷりのような反応をされていたのに。しかも、炭治郎くんや禰豆子ちゃんだけではなく、色んな人に見られた。恥ずかしい、恥ずかしくて顔から火が出るかと思った。

「なんで逃げるの」
「わあ!!」
「僕のこと見て驚きすぎじゃない?」
「だって、気配がないんだもん…」

お店に戻って、一心不乱に鶴を折っていると聞こえた声に跳ね上がる。今お店は準備中、となっているはずなのに。ちなみに、お父さんは二階にいるわけでもなく食材を仕入れ中だ。

「気付かないだけでしょ、が」

言いながら、時透くんは向かいでもなく鶴を折る私の隣に座った。胸がうるさい。ドキドキってものではない。バクバクしている。そして、とても視線を感じる。私はどんな顔をして時透くんの方を見ればいいかわからずにずっと俯いたまま。鶴を折る手も止まる。

「と、時透くん」
「何」
「あの、さっきの、あれは…本当でしょうか……」

勢いに任せて私も好きですなんて言おうとしてしまったけど、一応確認。冗談を言うような人には見えないけど、改めて時透くんが私のことを…、と思うとふわふわした気持ちになる。本当なのかな、って。
と、いいますか、もし本当じゃなかったら私は押されたからと言えど時透くんになんてことをしてしまったんだと罪悪感でいっぱいになる。

に嘘なんて吐いたことあるっけ」
「え…それは……ない、かな…?」
に嘘なんて吐いても意味ないし。話すか、話さないかの二択しかないよ」

それは、一体どういう意味なのか。貶されているわけではない、と思いたいけど。ずっと俯いていた顔を少しだけ上げて時透くんの方を見る。時透くんはずっとこちらを見てくれていたようで、バチっと目が合って、離せなくなってしまった。時透くんの瞳に映る私はキラキラしていたはずなのに、今は自分でも見たことのない表情をしている。

「う、」
「……」
「す、好きです、私も……」

恥ずかしくて死にそうで、ずっと目を合わせていられなくなった私はその思いを告げながら時透くんの肩に頭をくっつけた。どうして時透くんは、こんなにも普通でいられるんだ。私は身体中が熱くて、うるさいのに。
時透くんの服をギュ、と皺になりそうなくらい握り締めると、時透くんが私の背中に腕を回してくれたのがわかった。

「あ、そうだ」

どのくらい時間が経ったのか、きっとそんなにでもないのだろうけど体感時間は随分だった。背中に回されていた手が離れてしまった。
人は欲深くなる生き物だ、もっと触れられていたいって思うだなんて。時透くんは懐から綺麗な紐を出して、私の前に手の平を見せた。

「あれ出して。藤の花の香り袋」
「?はい」

ちゃんと持っていて、と散々言われていた香り袋。でも、ずっと持っているともう来てくれなくなってしまうのかな、なんて考えて持たない日もあった。自分勝手なのは自覚しているけど、私はいつも待つだけだったから。心から謝罪します。
時透くんにそれを渡すと、持っていた紐をくくりつけて、まるで首飾りのように作り変えた。

「店番してる時もあそこに置いておかなくて済むでしょ」

厄除けか、何か、いまだにこれについての詳細はわからないけれど、好きな人が持っていてと言っているんだ。持っているしかない。綺麗な紐で結ばれた香り袋を私の首にそっとかけてくれた。私が働いている時、落とさないように棚の上に置いていたのを危惧して、買ってくれたんだと思うと、心があったかくなる。

「ありがとう、大事にするね」


少しだけ、声色が変わった。香り袋を握ったまま顔を上げると、その表情は真剣そのものだった。

「それ、ずっと付けていられる?」
「……うん、勿論!」

肌身離さず持っています。むしろ、前までとは逆に、これを持っていないと時透くんと会えない気さえする。勝手に、私と時透くんを繋いでくれるお守りだと思っている。
気のいい返事をした私に時透くんは目線を下に下げた。

「……どうしたの?」
「いや、なんでもない。ごめんね」

二回目だ。そう、時透くんはさっきも私に謝っていた。突然腕を引かれて時透くんの胸へ飛び込んでしまって、動揺してしまってすっかり頭から抜けていた。さっきのも今のも、何に対してなんだろうか。
いや、でも、私も謝りたいことがある。目線が下のままの時透くんの手に触れた。

「あの、ごめんなさい」
「……何に対しての謝罪?逃げたこと?」
「いや、あ、それもそうだけど…、あの、口…」
「ああ、それ」
「本当にごめんなさい…」
「別に気にしないけど」
「えっ、私、ああいうの初めてで、……するなら、もっとちゃんとしたかったのに…」

事故とは言えいい気はしないだろう。禰豆子ちゃんのバカ。いや、炭治郎くんのバカ。妹の面倒くらいちゃんと見ててよ。すぐ側にいるはずの子の様子を全く視界に入れることができないでいた私も私だけど。でも相手が時透くんであったことだけでも感謝なのかもしれない。
でもそっか、時透くんは別に、気にしないんだ…。

「じゃあ、やり直そう」

そう言って、時透くんは私が触れていない逆の手で頬を包み込んだ。触れたところからじんわりと熱が広がっていく。綺麗な瞳に吸い込まれそう。視界も気持ちも独占される。ゆっくりと近づいてくる時透くんに、目を閉じた。さっきは一瞬で、勢い余ってだったから正直唇がぶつかった変な感覚しかなかったのだけれど、柔らかい感触が唇に触れて、また胸がうるさくなった。
離れたしまったのが名残惜しく感じるなんて。瞼を開くと、まだすぐ近くにいた時透くんに胸がぎゅっとする。

「これでいい?」
「十分です…」

ふわりと、初めて時透くんは私に微笑んでくれた気がする。ああ、好きだ。本当に好き。時透くんが好き。好きな人と思いが通じ合うのって、こんなに胸が熱くてうるさいのに、心地良くなるんだ。


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