紆余曲折

恋する乙女の葛藤

あの時の事が頭から離れない。勿論嫌というわけではなくてどちらかといえば、いやそんな回りくどくしなくたって嬉しかった。本当に私のこと好きでいてくれているんだって。
そんな相手からあんなに何度もされたらドキドキが止まらないわけで。思い出しただけでも胸がうるさくなるわけで。
なら思い出すなと言われようとも私の頭の中は時透くんでいっぱいなのだ。

「恋ね!」
「!?」

お客さんは一人を残してそろそろお昼の営業を終わらせるところだった。結構食べる可愛らしいお姉さんで、申し訳ないことに食材が尽きておかわりください、というのをさっき断ってしまったばかりだ。だから、今お店にいるのはお茶を飲んでゆっくりしていたそのお姉さんと、鶴を折っていた私しかいない。
そのお姉さんを見ると、ふんっと鼻を鳴らすようにこちらを見ていた。

「恋してる顔をしていたわ」

ふふ、とにこやかに微笑むその人。とても可愛い。可愛いのだけれど、胸元が大きく開いているのがすごく気になっている。このお姉さんがお店に入ってきた時、他のお客さんも驚いていた。

「好きな人のこと、考えていたんでしょう?」
「……はい…」

私がそう返事をすると、ちょいちょいと手招きされた。お話しましょう、と。素直に従ってお姉さんが座っている側まで歩くと座って、と促されたのでその通りに向かいに腰を下ろした。

「どんな人なの?」

机に両肘をついて興味津々にしている。そんなに、興味あるかな、初めて会うのに。すごく気さくな人だなあ、髪がピンク色なのがまた柔らかい雰囲気を助長させている気がする。

「ええっと瞳が綺麗な人で…」
「うんうん!」

なんだか前にもしたような気がする、このやり取り。ああそうだ、炭治郎くんにだ。でも、あの時よりも時透くんに対する見方は変わっている。あの時よりも好き。

「優しいんです!」
「そうなのねえ、どんなところが?」
「どんなところ…、あ、お店名物の三食団子分けてくれたり、」
「名物!どこのお店?すごく優しい人ね!!」

最近あった優しい出来事を伝えた瞬間とても食いつかれた。やっぱり食べる事が好きなのだろうか、このお姉さんは。この道をずっと真っ直ぐいって、丘を登った町外れにありますと伝えると今度行ってみるわね、と喜んでいた。つられて私も笑ってしまう。

「あ、いけない!そろそろ行かなくちゃ!」

なんだか穏やかな時間だったなあ、とその人が残ったお茶を一気に飲んで立ち上がった時、お店の扉が開いた。準備中にしているから、買い出しにいったお父さんかな、とそちらを見ると、私が今思い浮かべていた人だった。

「時と、」
「無一郎くんじゃない!」
「…こんにちは」

私が声をかける前に、高らかなその声に遮られてしまった。お知り合い…?
けどよく見てみると、そういえば、同じ服を着ているかも。胸元は大きく開いているしスカートだから全く気付かなかったけど、同じような質感だし。ちょっと特殊に見える服。

「無一郎くんも食べに来たの?ここすっごく美味しいわねえ!炭治郎くんに教えてもらってよかったわあ!」
「いや、食べに来たって言うより、」
「あ、私が全部食べちゃったんだわ…!!」
「大丈夫です、会いに来ただけなんで」

目の前で繰り広げられるその会話に呆然としていると、時透くんは私を指差した。そう、もう全て食材は空だから今日の夜の仕込みは大変になるな、時透くんが来ても今日は何も出せないな、と思っていたんだ。

「きゃーっ!もしかしてもしかして、無一郎くんのことだったの!?」
「?」
「食事運んでる時からもうずーっと誰かのこと思っているようだったから、聞いちゃったの!好きな人のこと考えてたでしょう、って」
「あ、あの」
「あ、私ね、甘露寺蜜璃って言います!無一郎くんと炭治郎くんとは仲良しなの!」
です…」

そんなことを本人の前、しかも私もいるのに言わなくても…と恥ずかしさに遮ればその人が名乗ってくれたので私も答えるように名前を教えた。そっか、やっぱりこのお姉さん、甘露寺さんも同じ剣術の鍛錬をしているんだ。女の人がいることに少し驚いてしまった。そっかそっか、同じことしてるんだ、時透くんたちと一緒に…。

「そっかそっかあ、キュンキュンしちゃうわあ!とってもお似合いねえ、無一郎くん」
「ありがとうございます」
「ああ!もう私ったら、行かなきゃ!じゃあねちゃん、無一郎くん!」

手を振って暖簾の下を潜っていくのを見送った。最初から最後まで陽気で明るくて柔らかい人だった。
私が立ち尽くしていると、時透くんは開いたままの扉を閉めた。ああ、私の仕事なのに。

「ずっと僕のこと考えてたの?」
「そ、それは深掘りしないでください…」

手で顔を覆いながら時透くんの視線から逃れた。壁に頭を押さえつけて背中を向ける。それほどあなたの事が好きなんです。抑えられないんです、この気持ちが。

「僕だってずっとのこと考えてるけど」

いつの間にかに側に来ていた時透くんは私の肩をぐるんと回して顔を覆う手を掴む。ぐぐ、と手を退かされてその綺麗な瞳に私が映る。絶対に顔が赤い。顔中に熱が走っていく感覚がする。

「ぜ、絶対、私の方が考えてる…」
「まあ、僕は人に悟られるほどじゃないと思うからと比べたらそうかも」
「ほ、ほら!」
「でもあの人はそういうの鋭いから」

あの人、は、甘露寺さんのことだろうか。確かにぼーっとしていただけで好きな人のことを考えているだなんてお客さんに気付かれたのは今までになかった。しかも初めて来た人。
なんでわかるんだろう、仲良さそうだったけど、普段からよく一緒にいるのかな。あんな、可愛い人と。

「ほ、他には…」
「?」
「女の子、何人くらいいますか…」

近さに緊張で胸がうるさいけれど、壁と時透くんに挟まれているので逃げ場がなく、顔だけ背けてそう尋ねた。時透くんが首を傾げたのが視界の隅に映る。

「結構いるんじゃないかな」
「み、みんなあんな感じで仲良いの…?」
「会えば話すけど、そんなに会わないよ」
「……」
「それ、嫉妬?」
「!」

ドキリとした。今私、めんどくさかったかな。別に、女の子と仲良く話さないでほしいとか、そういうわけでは決してないんだけど、気になっちゃって。ああでも、私より仲良さそうに話しているのを見るのは嫌かもしれない。…やっぱりめんどくさい女かな、私。

「言ったじゃん、のことずっと考えてるって」
「…、」

いやでも、と発する予定だった言葉は塞ぎ込まれた。目の前が時透くんでいっぱいになる。何度されても慣れないそれに目をギュ、と閉じた。触れ合っていると思うとやっぱり恥ずかしいけど、それと同時にすごく嬉しくて。

「ん、」

優しく触れるだけだったのが、吸うように唇を啄まれる。それに意識せずとも声が出てしまう。後ろには下がれないので、少し顎を引いて離れると、ぐい、と持ち上げて続けられた。

「!」

柔らかくて、優しく降り注いでくるそれに浸っていると、ざらりとした感触が唇に触れて、肩を押し返してしまった。な、舐められた。
押し返した私に時透くんは特に表情を変えない。…怒った、かな。

「大丈夫?」
「…え、あ」
「肩で息してる」

言われて気付いた。息がちゃんとできなくて苦しいことに。それに気付けないほど夢中になってた。ただただ、なんだか自分が変な気持ちになっていくのに心地良さを感じているのだけはわかった。
時透くんは私から身体を離してそろそろ行かなきゃ、と呟いた。

「次、いつ来れる?」
「……時間がある時」
「……」
「って、言った方がずっと考えてられるでしょ、僕のこと」
「え、ず、ずるい!それはずるい!」

はいはい、と宥めるように頭を撫でられた。そもそも、来る日を教えて貰ったって多分私はその日のことばかり考えるだろう。

「またね」

不満が残るのに、ふわりと笑うその表情に何も言い返す事ができなかった。その表情も、ずるい。


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