紆余曲折

芽生える

蝶が飛ぶ屋敷の庭から騒がしい声が聞こえるけど、それは無視して軟膏だけ貰って屋敷を出るところだった。

「ちょうちょ!」
「蝶々はこっちだぞ禰豆…時透くん!」

行く手を阻んだのは小さい鬼だった。僕の元までスタスタと走ってきて飛びついてきた。髪で遊びたいだけなんだろうけど。
いつもこんなに賑やかなのかな、この屋敷は。

「何遊んでたの?随分騒がしかったけど」
「ああ、いつもアオイさんやなほちゃん達に洗濯とか任せっきりだからたまには自分達でやろうって洗濯物干してたんだけど伊之助はシーツで遊んでるし善逸は女性の隊士の隊服しかやろうとしないし禰豆子は蝶々追ってるしで…」
「……大変だね」

地獄絵図だ。むしろ、やらせない方が助かるんじゃないかとも思った。けど、蝶々はこっちだ、って炭治郎もさっき言ってたよね、結局一緒に遊んで仕事になっていなかったんだろう。騒がしかったわけだ。

「おい炭治郎!やべえぞこれ胸元が破けてる、鬼にやられたのかな今すぐ俺が介抱してやらないとまずい気がするんだ、きっと胸に重傷を負っている!」
「善逸!」

本人は大真面目なんだろうけど、隊服を持ってこっちまで歩いてきたのは炭治郎と一緒にこの屋敷にいる雷の呼吸の使い手だった。名前、なんだっけ。ああ、善逸、か。

「そうだ!今度善逸も来るか?」
「いやどこへだよ、俺は今すぐこの服の持ち主のところへ行かなきゃいけないんだよ!」
「ふろふき大根が美味しい店!」

いまだに禰豆子は僕の髪で遊んでいるんだけど、もういっていいかな。時間の無駄なんだけど。

「ええ、俺はいいよ。蝶屋敷のご飯美味しいし」
「そっか。じゃあ時透くんまた行こうよ、ちゃんにも会いたいし。ちゃん元気?」
「まあ、元気だ、」
ちゃんって?」

だから別に、僕と時間合わせないで禰豆子と二人で行けばいいのに。わざわざ時間合わせて行くのなんて効率が悪い。この前だって結局時間合わなかったし。
元々表情は明るいけど、最近ずっと僕の前でも柔らかく笑うを思い返して答えると、さっきまでとは一音低い声で遮られた。

「そのお店の看板娘さん。可愛い子だよ。ね、時透くん」
「…うん」
「や、やっぱ俺も行こうかな……」
「そういう目的ならダメだぞ善逸、ちゃんは時透くんが好きだから」
「え……」

そんなまさか、とでも言いたげな表情だった。ぐぎぎ、と聞こえてきそうなぎこちなさで首を回してこちらに顔を向けた。

「何その目は」
「なんでもないです」

わかってるよ、僕だって誰かに好きになってもらえるなんてそんなこと考えたこともなかったし、そういうことを経験するとは思っていなかった。ここに身を置いている以上。

「でもほら、その、ちゃん?が好きでも、一方的でしょう?」
「……そんなことないけど」
「え……」
「だから、何その目」

まさか、と、またそんな目を向けられたけど、一歩ずつ僕にゆっくりと近づいてきた。気味が悪くて僕の髪で遊んでいる禰豆子を抱え上げて後ずされば異常な速さで足元に飛びついてきた。

「触った!?触ったのか!?女の子の身体触ったのか!手は!?繋いだのか!?!」
「……」
「おっぱい太ももおしり触ったのか!!?俺よりも年下のガキがァ!!!」
「おい善逸…」

足元で泣き叫ぶ様に、正直に引いた。その様子に禰豆子は髪で遊ぶのをやめて楽しそうにキャッキャキャッキャしている。
ていうか、ガキって。確かに僕の方が多分下だけど、柱なんだけど。ああでも今飛びついてきた速さは評価したい。

「触ってないけど」
「…あ、あはは、あははだよねそうだよねえ~、」
「チュ、してた!」
「禰豆子!そういうのは人に言っちゃダメだろ、それに禰豆子がいたずら…」
「せっっっっっぷん!!!したのか!!!!女の子とぉお!!?!」

どこからその高い声は出しているのか、うるさいそれに何も答える気がなくなった。しがみつかれていた足元から退くように片足で蹴り上げる。けれど、痛そうにするそぶりはなく頭を抱えて地面に蹲った。

「俺だって女の子に触りたい!!!触りたい接吻したい一緒に寝たいよぉおおお!!!羨ましいよぉおおお」

持っていた隊服は放り投げて、地面で転がっている姿があまりにも醜かった。これが隊士の一人なのか。その様子をかなり怪訝な顔で見ている僕に炭治郎が、優しさなのかなんなのか援護した。

「善逸はちょっと特殊だから…。でも、女の子を好きになったらここまでとはいかないけど、少なからずこうしたいっていうのは誰でもあるんじゃないか」

誰がどう見ても普通じゃない、特殊なのはわかるけど。転げ回っている様に禰豆子が楽しそうにしている側で、考えてみた。したいと思って唇にはもう散々触れているけど、今転げ回ってるこの生き物のように体に触りたい、とかは思ったことはない。今のところ。むしろに出会わなければ殺伐としたこの世界が終わるまで、誰か特定の女の子を好きになるなんて感情を経験するとは思っていなかった。だから、したいこと、というよりは、

「守りたい、かな…」

それは、鬼からとかじゃなく、いや、もちろんそれもあるんだけど違う意味も含まれている気がする。自分でもよくわからないけど、今のことを考えてそう思った。

「…はっかっこつけやがってテメェこのヤロォおおゲフッ」

側に転がっていた小石を蹴って腹に直撃させた。お腹を押さえて地面に頭をつけているその背中に禰豆子を乗せて自分の屋敷へ向かった。

「俺、昨日、怪我して帰ってきているのに……」
「まあ、善逸が悪いよ」
「炭治郎おまえまでえぇえ」
「ちょっと!何やってるんですか!洗濯し直しじゃないですか!」

僕はそうでもないけど、多分は好きな賑やかさだろうなと、その場から離れても尚騒がしい声が聞こえてくる蝶屋敷を後にした。



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