千羽鶴の行方
「それでお揃いのお面つけるでしょ、それからりんご飴食べたい!」「お弁当持っていくんじゃないの?」
「お弁当もりんご飴も余裕だよ!」
なんせ食事処の娘ですからね、お腹は鍛えてる、なんて言えば隣に座る無一郎くんは根拠になってないと呆れつつも笑ってくれた。
最近、この笑顔を私に向けてくれる事が多くてすごく心が温かくなる。ポカポカする。
「食い過ぎて太って嫌われるなよぉ」
「わ、わかってるよ!」
「んじゃ、買い出しいってくっから店番してろよ」
「はーい!」
「ちっ嬉しそうにしやがって」
調理場からでてきたお父さんがやいやい言いながらも結局二人きりにしてくれるのだ、感謝しております。お父さんは、無一郎くんがうちの料理を綺麗に残さず食べてくれるからお気に入りのようで。まあ、それは炭治郎くんも同じなのだけれど。甘露寺さんも綺麗に食べてくれていたな、とても沢山。私も食べるのは好きなんだけど、完全敗北だ。
「…無一郎くんって、太ってる子嫌い?」
「何、いきなり」
「い、いや、一応確認しておこうかと思って」
「別にが太っても嫌わないけど。でも体質とか病気でもない限り自分の体管理できてない証拠でしょ、それって。そんな予定でもあるの?」
「ない、ないです!でも食べるのは好きな方だから…、気を付けようと思って。あとほら、抱えられた時に重いって思われるのも不本意だし…」
「抱えられた時?」
考えもなしに口走ってしまったことを復唱されて我に返った。なんてことを言っているんだ。頭の中では私は無一郎くんに所謂お姫様抱っこをされているのを想像していたのだ。される予定もないのに。首を傾げる無一郎くん冷や汗をかく。自分の浮かれ具合が恥ずかしい。
「な、何でもないです…!」
「こっち来る?」
撤回しようと、もう忘れてほしいと願う私に無一郎くんは両手を差し伸べた。まるで、おいで、と言っているかのように。幾らかそれに私は固まっていたけど、座らないの?と言われたのでお言葉に甘えておずおずとその膝に横向きに腰を下ろした。無一郎くんの手が私の腰に回る。
「……重くない?」
「全然」
いつもより、目線が私の方が少し高いのが何だか新鮮だった。いつも私を見る時、こういう感じなんだ。これは…、私から、できそうだ。
「あ、あの、!!」
私からしてもいいかな、そう尋ねようとしたところ、前触れも何もなく胸元に顔を埋められた。
「ちょ、あの、むいちろ、………くん……」
わなわなとしながら数秒固まってしまったけど、すぅ、と深く息をする無一郎くんに、行き場を失っていた手で控えめにその頭を抱え込んだ。髪が、本当にサラサラ。
扉を隔てた外の通りではガヤガヤと人が行き交う声が聞こえる。それを掻き消してしまうんじゃないかっていうくらい、身体が火照ってドキドキと脈打つ胸の音、絶対に聞こえていると思うんだけど。
しんと静まり返るお店の中、暫くそれが続いていると、ゆっくりと無一郎くんは顔を上げた。
「ま、待って」
無一郎くんは腰に回していた手を後頭部に回して顔を寄せた。まずい、と思って両肩に手を置いてぐ、と堪えた。言葉にはしないものの、若干、不満そうだ。少しの表情の違いが段々とわかってきた。
「私から、してもいいですか」
「……いいけど」
いつもしてもらっているから、今日は私から。許可をくれた無一郎くんの手が私の後頭部から離れる。一度距離をとって深呼吸した。どうしよう、緊張する。
肩に置いてる両手はそのままに、ゆっくり近付いていく。
「……あの、目、瞑ってもらってもいいですか…」
「…、はい」
ゆっくり近付いたのがダメだった。じっと見られているのも、その瞳に映っている自分もとてつもなく恥ずかしい。仕方がないように目を瞑った無一郎くんに今度こそ顔を寄せて、そっと口付けた。
軽く触れただけで精一杯で、唇を離すと瞼を開いた無一郎くんとパチリと目が合う。
「ど、どうでした」
「どうって、どういうこと。感想?」
反応が怖くて、咄嗟に意味のわからないことを聞いてしまった。唇に残る感触がこそばゆい。自分でして、離したくせにもっとしたいなんて気持ちが揺らぐ。したい、というか、やっぱりされたい、の方が強いかも。こんなにも自分がいじましい人間だったなんて。
「何点でしたか…」
「……」
自分で聞いたくせに、感想を言葉にされるのはあまりにも。数字でお願いします、なんて呟けば私を映していた綺麗な瞳は下を向く。そんなに、真剣に考えてくれなくても、良かったんですけども。これで零点とかだったら私はもう二度と自分からできない。
「九十点くらいかな」
「!ほんと、」
「千点満点中でね」
「ええっ」
「嘘だよ」
ぐい、といつの間にか後ろに回されていた手に引き寄せられて、唇が合わさった。ああ、まただ。顔から火がでそうなほど熱くなるのに、心臓が爆発しそうなのに、こうしてほしいって思ってしまう。
「ん…っ」
慣れたように中に入ってきたそれに、されるがままにならずに一生懸命応えてみる。くちゅ、と聞こえる水音に頭の中が熱に浮かされていく。
頭に回っていない方の無一郎くんの手が私の胸に触れて少し力が入ってしまう。
九十点なりだけど、上手くできているのかな。あと十点は、何だろう、目瞑ってって言ったこととか…。千点満点中だったら落第もいいところだ。
千点……。
「あ!!」
合間もいいところ、無一郎くんの肩を押し返して思い出したように声を上げた。そんな私に無一郎くんは少しどころか誰が見てもわかるくらいにはイラっとしたような表情を見せていた。
「空気を読むってことをそろそろ覚えてほしいんだけど…」
「ご、ごめん思い出しちゃって」
大事なものを見せるのを忘れていた、と無一郎くんから退いて窓に吊るしていたそれを持ってきた。私がずっと折り続けていた千羽鶴。
「完成したの!」
「…へえ、おめでとう」
相変わらず、特にこの千羽鶴の願掛けには興味はないようだ。というよりも、私が途中で中断してしまったことがほぼだとは思うけど。色とりどり、たまに柄ありのも入っているから統一感はないけれど、それでも私が一つ一つ心を込めて作り上げたものなのだ。
「あ、無一郎くんが折ってくれたのはこれ!」
「あ、そう」
「百羽分にしてないからね、ちゃんと全部で千羽だから!」
「効き目あるといいね」
とは、特に思っていなそうな声色だけど、気にしないでおこう。でも、確かにこれを見せるだけなら終わってからでも良かったかも。…あれ、終わりって、どこまでいったら終わりだったのかな。
「これで仲居さん戻ってきてくれるといいんだけどね。特に花火大会の日までに…」
「ああ、僕が見たことない仲居さんね。お見舞いとか行ってるの?」
「あれ、そうだっけ。でもそっか、丁度無一郎くんが私に香り袋をくれた日に休憩から戻ってきて、すぐに体調崩してたから」
花火大会の日は混むから、それまでに戻ってきてくれたらお父さんも助かるし。……私は無一郎くんと見に行くのは譲れないので。本当にこんな娘でごめんなさい。
窓に色鮮やかな千羽鶴をかけ直す。うん、何だかお店も明るくなった気がする。
「何で」
「?」
「何でそれ、もっと早く言わないの」
さっきの、不満気な声色ではなくて、それよりももっとピリついた声だった。振り返る前に頬にかかった水滴で、雨が降ってきたのに気付いた。