紆余曲折

霞みがかる中に見つけた答え

なぜあの時、馬鹿正直に鬼のことなんて話してしまったのか。知らないフリをして特徴だけ聞いて手がかりを掴んで、討伐すれば済んだ話。の中では”いい仲居さん”として思い出に残ればよかったのに。
ただ、そうすると僕はに嘘を吐き続けるか、はずっと現れない”仲居さん”のことを一生心配し続けることになる。

―自分の大切な人のことは、そうであってほしいって、信じたいよ―

気持ちは、痛いほどにわかった。僕だってが鬼かもしれないだなんて疑った時はを信じたかった。ただ、あの時よりも今回のは話を聞いた限りかなり鬼の可能性が高いんだ。
けど、は僕の話を信じなかった。おとぎ話のように思えるかもしれない事を信じろだなんて無理があるっていうのはわかっている。それなのに、何を言っても僕ではなくて鬼の味方をするんだと、胸の中が苦しかった。

「ないねえ、げんきない、ねえ」

多分、いつもなら町に行ってに会っている時間だった。そんな気も持ち合わせておらず、屋敷の縁側で空に流れる雲をぼんやり眺めていた。声がした方を見ると、禰豆子一人だけだった。

「そんなことないよ」
「?」
「…いや、そうかも。うん、……元気ないよ」

あるわけない。信じてもらえなかったんだ、好きな子に。これで元気だったら自分を疑う。
ただ、そんなことも言ってられないから柱としての任務を遂行する。ただそれさえも、隣町では誰に聞いてもただ人が急にいなくなった、という返答だけだ。自分の不甲斐なさにも呆れる。

「炭治郎は?何か用事?」
「おつかい、きた!」
「おつかい?」

禰豆子が僕に差し出した便箋のようなものを開くと、胡蝶さんからだった。軟膏余っていますか、と。足りなくなりそうで集めているらしい。
立ち上がって部屋からこの前拝借した軟膏を取ってきて、禰豆子に目線を合わせて差し出した。けれど、禰豆子はそれを受け取らずに首を傾げる。

「まだひつよう?」
「いや、使わないけど…」
「いたそう」

その小さい手は軟膏を無視して、よしよし、と僕の頭を撫でた。痛そう、か。禰豆子にはそう見えるんだ。その通りだ。ずっと胸の奥が痛いままだ。
間違ったことを言ったつもりはない。ただ、言わなくていいことだったかもしれないとは思う。嘘を吐けばよかった。本当はそんな嘘、吐きたくないけど。僕には、好きな子に嘘を吐き続けられる精神なんて持ち合わせていなかった。が大事なはずなのに、自分のことも大事なんだと思った。

「禰豆子は、どう思う?」
、すき!」
「……。うん、俺もが好き」

素直で正直なそれに、を思い出して、ただ会いたいと、そう思った。
好きなら、会いたいなら会えばいいって、そんな単純なことを教えられたようだった。どうすればいいかはわからない。もう一度会えば、何か変わるだろうか。何を言うかなんて何も決まっていないけど、あのままは嫌だ。
禰豆子に軟膏を持たせて蝶屋敷まで送り届けてから、町に向かった。

「お、時透くん!」

店に着く前に声をかけたのは、の父さんだった。今から買い出しにしてはいつもより少し遅い時間だ。

「最近来てねーじゃねえか、なんだ喧嘩でもしたか?」
「いえ…まあ、……はい」

自分の娘と喧嘩されていい気がするのかとも思ったけど、この人はそういうことを思わなそうだなと、一度否定はしたものの素直に頷いてしまった。喧嘩っていうのかわからないけど。いや、喧嘩か。
思った通りの父さんは若いねえなんて笑っている。この明るいのがとそっくりだ。

「ああそうそう、この地図読めるか?」

手にしていたのは、一枚の紙切れ。近くの山の、どこか古屋のような場所を記されたものだった。正直全くわからない。わかりにくい。

が置いてったんだよ、仲居さんのお見舞いに行ってくるーつって。この地図はが書き写したんだと思うが」
「は……」
「迷いそうだよなあこれ。様子見に行こうと…」
「俺が行きます」
「ああ、おい!一緒に…」

の父さんから紙切れを奪ってその山へ駆け出した。何言ってるのか一瞬理解できなかった。仲居さんに会いに行った?なんでそんなことしてんだ。あれだけ言ったのに。
やっぱり、信じてくれていなかったことに胸を打たれつつも、絶対に守らなきゃいけない人の元へ急いだ。山の麓に着いて、地図を見てそれらしい場所へ向かう。もともと他人が見てもすぐにわからないようにした地図だろう。もこれを見ながら行ったなら時間がかかったはず。

「!」

鬼の気配がした。今まではしなかったのに。もう地図がなくともどこにいるのかはわかる。

「南西ィイイ!南西ィイイ!!」
「わかってる!」

人混みで預けていた日輪刀を銀子からパシッと受け取った。雨が降り出しているのにも気付かず、その場所を目指した。間に合え、死なせたくない、絶対に。何があろうと、は俺が守りたい人に変わらない。
もうすぐそこだ、気配を感じ取った時。今にも息絶えそうに首を掴まれているその姿が見えて、その名前を呼びながら醜い腕に斬りかかった。


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