お望み通りに
「直感で動くのやめなよって、最初に言ったのに反省しないんだね」返ってきた言葉は、私を突き放すものに変わりなかった。
炭治郎くんと話して、炭治郎くんは私がやらなきゃいけないことの為にここまで連れてきてくれた。傷付けた人へ謝罪する。それが私のやらなければいけないことだった。だから、今お願いしていることはただの私の我儘でしかないのはわかっている。それでも、そばにいたかった。今更無一郎くんがいない暮らしだなんて、そんなの考えられない。
「直感で動くから鬼にも襲われるし」
「それは、ちゃんと考えたの。もし鬼だったとしても、これ持ってれば大丈夫って…」
「……」
「言い訳です、ごめんなさい」
香り袋を着物の上からギュ、と握りしめた。肌身離さず持っているこの香りが、無一郎くんとの唯一の繋がりだった。でも、これだけが思い出になるなんて、嫌だ。
「私、約束する」
「……何を」
「幸せにする。私が無一郎くんのこと、絶対幸せにする」
顔を合わせたくないと言われても、私は沢山無一郎くんから幸せな気持ちを貰ったから、それを返したい。一生かけてでも。これ以上近づくな、と言われたようで止めていた微妙な距離感を一歩一歩徐々に詰める。もう、無一郎くんは下がらない。その手をとって、透き通る綺麗な瞳の中に自分を映した。
「私が一番幸せにできる。だから、ここで、」
「使用人は間に合ってる」
「……、」
覚悟はしていたのに、拒絶された。けど、これはあの時無一郎くんが感じた苦しみ。何を言っても私は信じることができなくて。こんなに、痛くて苦しかった。止まらない涙をそのままに、その瞳から視線を落として俯いて私はその手を離した。否、離そうとした。
「」
一つ息を吐いてから頭上から降って来る、呼ばれたかったその声に顔を上げると無一郎くんが目の前、頬を包み込まれて唇に懐かしい感覚が降り注いだ。
そっと離れてから、無一郎くんは親指で私の涙を拭った。
「その代わりに、千羽鶴作ってよ。今度は僕の為に」
ふわりと、涼風がその長くて綺麗な髪を揺らした。
―願掛けなんて無意味でしょ―
眉を下げて、困ったように笑う無一郎くんに、前に言われたことを思い出した。きっと、死ぬほど努力して強くなって戦ってきた人だから、あの時そう言ったのは後から理解できた。けど、そんな願掛けを自分のために折ってくれと、そう願われてしまったら。
「……何羽でも折る」
無一郎くんの胸の中に飛び込んだ。鼻の奥がツンとする。懐かしい、酷く安心するこの匂い、温もり。
「ごめんね、ごめんなさい…」
「もういいよ」
泣きじゃくりながら謝れば、背中に手を回して抱きしめてくれた。根負けだよ、ってぽそりと呟いたのが聞こえた。嫌われてなくてよかった。まだ好きでいてくれてよかった。もう、この人に会う前の生活に戻れなんて言われてもそんなの無理な話だった。心の奥底から私は無一郎くんのことが好きで、そばにいたいって叫んでる。
「でさ、誰に言われて来たの?ここへ。炭治郎?」
「あ、うん。そう…。今日非番だから夜は絶対いると思うよ、って。お屋敷本当に広くてびっくりしちゃった。掃除が大変そう…」
落ち着いた私は無一郎くんから顔を離してお屋敷を眺めた。部屋がいくつあるんだろうってほど広かった。あまり人の家を許可もなく散策するのなんて良くないから外から見た感じ、だけど。でも稽古場みたいな場所があって、そこには底板が削れた跡が何箇所もあった。それを見て、また泣きたくなってしまうほどに自分がしてしまったことを後悔した。
「……屋敷にはのこと置かないからね?」
「えっ!」
「間に合ってるって言ったでしょ」
「それは、その、そういう流れで言っただけかと…」
「何それ」
目を丸くする私に無一郎くんは呆れたように溜息を吐いた。てっきり私はもうここで一緒にいれるのかと思っていたのに。
「看板娘でしょ、は。会いにいくから」
「……!うん」
「それに、店番いないと大変でしょ」
「それはごもっともです…」
「ちょっとは考えなよ」
言葉に棘はあるはずなんだけど、今はそれにとても安心してしまう。安堵していると、音が聞こえてきた。そうだ、花火が上がっている。全然耳に入ってこなかった。遠くの方でやっているであろう空を鳴らす低い音。
「花火、見たかったな…」
「見にいく?」
「でも、もう間に合わないよ」
炭治郎くんに連れてこられた時は結構歩いたんだ。歩ける距離と考えれば近い方だけれど、それでも今から町へ戻ったところでもう花火は終わっている時間のはず。
「間に合うよ、走れば」
「っえ、え!?」
花火大会はうちの町以外でもやっているだろうし、次回機会があれば…、と思った矢先、体がひょい、と軽々しく持ち上げられた。背中と膝の裏に手を回されて体が密着する。
「ど、どういう、」
「ちゃんと掴まってないと落ちるよ」
悪戯っ子のように笑う無一郎くんに胸が高鳴ったのも束の間、私は無一郎くんにしがみ付いた。
あの時背中に羽が付いたように運ばれたのは一生忘れない。こうしてどんどん忘れられない二人の、二人だけの思い出が増えていく。
いつか全部が平和になって、どこまでも紙飛行機を飛ばせる幸せな人生が送れますように。