よく晴れた日
「おい!そろそろうちの息子もらう気になったかおめえ」「全く!」
昼下がり、いつもの賑やかな騒がしい店内で私は今日も一応、看板娘を務めている。もう夏は過ぎたけれどまだまだ残暑が厳しく風を頼りにするお店の中は窓を閉められない。営業中の時は出入り口の扉も開けたまま。
「ちゃんにはあの子がいるでしょうが」
「チッついに貰われちまったか」
あの一件があってから、仲居さんは里帰りしたと伝えている。お父さんには本当のことを伝えてあるけど、不思議そうにしていた。でも、一つ信じてもらえる要素があったのでそれを見せたら信じてくれた。私だったら腰抜かして終わりだったと思うのに。
つまらなそうにする常連のお客さんを最後に、今日のお昼の営業は終わり。お父さんは切れた調味料を調達し店を出て、私はいつも通りに扉を閉めて準備中の札をかけ、後片付けを始めようとしたところだった。ふと目に入った、仲居さんもとい、鬼の傘。ずっとうちにあるけど、どうしよう。使う気には全くなれないし。でも捨てるのも億劫である。
「捨テナサイヨ!ソンナ傘!!」
「わっ!」
傘を手にしてぼんやりと考えていたところ、開いている窓から片言な日本語が聞こえてきた。振り向くとそこには黒々とした鳥。鴉がちょこんととまっていた。
お父さんが話を信じた理由は、このお喋りする鴉だ。
「…でも、結構いい傘なんだよ?傘は悪くないし」
最初に紹介された時は素直に驚いた。私が知らない未知の生物はまだ存在したんだ、と。聞けばムキムキの鼠とかもいるらしいけど、それはいつか会えた時に楽しみにとっておくことにする。
「ドウセ盗ンダモノヨ!」
「じゃあ、尚更捨てちゃダメだ…!」
「思イ出モロトモ捨テナサイ!」
「思い出もろともって、え、もしかして、見てた…?」
「見テタワヨ!アノアトスグ任務ダッタンダカラアタリマエデショ!」
私がこの傘を捨てられずにとっておいてある理由。それは、勿論高価そうで捨てるのには惜しいという理由も少しあるけれど、一番はあの時のことまで捨ててしまうような気がして。初めて誰かにあんなに自分を求められたのが、思い出すと恥ずかしくて死んでしまいそうになるけれど、私にとってはとっておきたい大事な思い出なのだ。
「覗き見は良くないよ?」
傘の中だったから、直接は見られてないと思うけど…。周りに誰もいないと思っていたから恥ずかしい。
「コノマセガキ!」
「……それは、無一郎くんにも言ってることになるけど…」
「アノコハ別ヨオ!」
「あ、そうだこれ食べる?」
「食ベルワヨオ!」
一度その傘を置いて、余っていた鮭の切り身を銀子ちゃんの前へ出した。私が後で食べようと思ってたんだけど、銀子ちゃんも私が作る料理を美味しくいただいてくれるのだ。それにとても嬉しくなる。
「アンタ料理ダケハウマイワヨネエ」
「えへへ、ありがとう!」
「…ソンナニ褒メテナイワヨ」
ちょっと棘がある言い方だけれど。お礼を言えば銀子ちゃんはふんっとそっぽを向いてしまった。会ったばかりの無一郎くんのような振る舞いを思い出す。だから、きっともっと仲良くなれるはず。
「銀子」
我ながら絶妙な焼き加減だな、と自画自賛しながらその鮭を頬張る銀子ちゃんを見つめていれば、扉の開く音がしてまだ強い日差しが店の中に降り注ぐ。
「仲良くしてって言ってるでしょ」
その姿を見て、一瞬でそれを平らげていた銀子ちゃんは窓の縁からその人の元て飛んでいっておそらく定位置となっている腕に乗った。
開いた扉からの日差しが眩しい。そう、こんなよく晴れた日には決まっていつもそうなんだ。
「いらっしゃいませ!」
世界で一番愛おしいその人が来てくれる、幸せな日。