紆余曲折

独り占め

人を好きになればなるほど、人とは欲深い生き物であることを身を持ってして実感している。
最初は隣に入れるだけでいい、傍にいれたら充分、だなんて思っているだけだったのに、会う頻度が多くなればなるほどもっと会いたいって思ってしまう自分は強欲だろうか。けれどもそれが事実であって。
しかも、それだけではなく、最近私は心の底にヒシヒシと湧き立つ感情を持ち合わせている。無一郎くんに知られたらきっと、なんて心の狭い人間だと思われるだろうか。

「……そうかな?」

今私が悩んでいることを、昼下がりにお店へ来てくれた炭治郎くんへ相談してみた。

「ていうかそれって、炭治郎に相談することじゃないと思うよ、ちゃん……」

目を丸くして私に首を傾ける炭治郎くんの向かいに座るのは、善逸くん。善逸くんも少し前から炭治郎くんと一緒にお店に来てくれるようなった。刀を振るっている人たちはみんなしっかりした人が多いと思っていたから、あまりの緩さに最初少し驚いてしまったのはここだけの秘密。

「え、でも本人だから……」

炭治郎くんに何を相談したかと言えば、無一郎くんは炭治郎くんといる時、私には見せない笑顔を見せる、ということだった。勿論私にも無一郎くんは笑いかけてくれるけれど、最近二人が一緒にいるところを見てその違いに気付いたのだ。
きっと私の知らないところで親交を深めているのだと思うけど、私はそれに並々ならぬ嫉妬心を隠せずにいた。そう、これは炭治郎くんへの嫉妬なのだ。だから、どうしたらいいのかわからない私は一先ずその当人である炭治郎くんに相談をしたというわけである。
炭治郎くんは私から目線を外し、折り紙で遊んでいた禰豆子ちゃんを見て、二人して首を傾げはじめた。禰豆子ちゃんは炭治郎くんの真似をしているだけだと思うけど。

「すごく仲良いし。炭治郎くんと無一郎くん」
「悪くはないと思うけど……。でもちゃんだって仲良いじゃないか」
「ええ、でもなんか顔が違うの、こう、表情が、ぱあって感じ!」

上手く形容できずに身振り手振りを使う私に炭治郎くんは顰めっ面のまま。

「炭治郎気に入られてるからな……」
「無一郎くんに?やっぱりそうなの!?」
「俺にはあんな表情見せたことないからね。ねー禰豆子ちゃあん」

唐突に話を振った善逸くんに禰豆子ちゃんは炭治郎くんの真似が飽きたらしく折り紙に夢中だ。
無一郎くんは頻繁に会いには来てくれるけど、こうしてどうも壁を感じてしまうのだ。私って本当にどうしようもないな。

「嫌ワレテルノヨ!フンッ」

日差しが降り注ぐ窓際に唐突に現れたのは銀子ちゃんだった。話を聞いていたらしい。銀子ちゃんがここへ来る時は手紙を運んできてくれるか、無一郎くんが来てくれる時なのだけれど今日は手紙を持っていない。
つまり、無一郎くんが来てくれる日だ。

「そういう言い方良くないぞ」
「アンタモ馴レ馴レシクシテルンジャナイワヨ!」
「馴れ馴れしくはしてない、仲良くはしている!」
「同ジヨ!」
「いたたたっ」

炭治郎くんの頭をゲシゲシと突く銀子ちゃん。その様子を他所に、私は無一郎くんが来てくれるのを待ちきれずに準備中と掲げてある扉まで足早に駆け寄りガラッと古めかしい音を立てて開いた。

「わっ、」
「……どこか行くの?」

私が扉を開けばすぐそこに無一郎くんがいて、前のめりになってしまいよろける私を無一郎くんは腕を掴み支えた。

「う、ううんいかない、待ちきれなくて」
「銀子が来たってことは僕もすぐ来るでしょ」
「そうなんだけどね……」

えへへ、と苦笑する私に無一郎くんはお店の奥の炭治郎くんたちに気付き来てたんだ、と声をかける。その表情を目の前にして私は立ち尽くしていたが、すたすたその場へ歩いていく無一郎くんに扉を閉めて駆け寄った。善逸くんは少し恐縮しているように見える。怖いのかな。あんなに花開いたような表情を見せていたのに。
ずるい、炭治郎くん。
炭治郎くんの隣に座る無一郎くんへお茶を出した。
この時間なので恐らく昼食は食べてきている。

「時透くんはこれから任務?」
「うん、もうすぐ行くよ。調査だけどね」
「えっ!」

来たばかりなのにもうすぐに言ってしまうのかとその会話に思わず声を上げれば無一郎くんが私を見る。

「……も座れば?」
「うん……」

四人掛けの席なので、私は空いている椅子を持ってきてそこに混ざった。
本当に、自分でも驚くくらい欲深くなっている。すぐに出て行ってしまうのであれば、勿論こうしてみんなで話しているのも楽しいけれど二人になりたかったな、なんて頭を掠めてしまう。
今鬼殺隊の方々は全体で稽古の真っ最中だそうで、善逸くんにズケズケと物を言う中無一郎くんは炭治郎くんには、炭治郎はできてるよ、とあの笑顔を見せるのだ。
善逸くんの言われようは技術云々ではないところだけど。

「だから君はもっと精神を安定させる努力をした方がいい」
「はいはいわかってますわかってますよ!」
「じゃあそろそろ行くから」

投げやりな返事を返した善逸くんに無一郎くんはガタ、と立ち上がる。その様子を私は恨めしげに見ていると、無一郎くんは眉を寄せた。

「何いじけてるの」

バレていた。そんなにわかりやすい表情をしていたかなと思いつつ私は口を尖らせた。

「だって楽しそうにしてるんだもん、特に炭治郎くんと」

指をさしてごめんなさい、炭治郎くん。困ったように眉を下げて笑う炭治郎くんはそうかな、と口にする。そうだよ。

といる時も楽しいよ」
「…………」
「次は二人で会おう」

私が何を思っているのか、見透かしたように無一郎くんは私の頭を撫でる。柔らかいその表情に顔を熱らせながら見惚れてしまう。

「行ってくる、また来るから」
「い、行ってらっしゃい!」

髪を靡かせて、無一郎くんは私を横切り背を向けてお店を出て行った。後ろで銀子ちゃんがバサっと羽を羽ばたかせた音も聞こえる。
無一郎くんが去ったその後をずっと見つめていると、不意に善逸くんの曇った声が聞こえてきた。

「何?今の表情」
「?」
「え?何?あの人あんな柔らかく笑うの…?好きな人みる顔じゃん、いや音でわかるんだけどね??何あれ逆に怖いんですけど!!?」

まだ残暑が残る中なのに、善逸くんは凍えるように身を震えさせていた。禰豆子ちゃんはそんな善逸くんを見て面白がっている。

「確かに、ちゃんにしか出せない表情だな」
「え、そうなの…?」

顔まで真似するのはよせ、と禰豆子ちゃんを叱る炭治郎くん。本当に、と目をパチクリさせていると、炭治郎くんは大いに頷いた。

「……み、店番お願い!」
「えっちゃん!?」

炭治郎は焼き物しか得意じゃないよ、なんて善逸くんの声を背に、私は今し方出て行ったばかりの後ろ姿を追った。
少し走るだけで汗が額から流れてくるけれど、それよりも熱いのは他の理由がある。

「無一郎くん!」

見つけたその姿に、私は腕を絡ませた。
追ってくるとは思っていなかったらしい無一郎くんは私に一瞬驚きつつも、さっきと同じ表情を見せてくれた。

「なに、店番してなくていいの」
「途中まで一緒に行く!」

だから、直感で動くのやめなよって呆れる無一郎くんの隣を気にせず歩いた。
この表情は私だけのものなんだ。



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