主観と客観
変わった子だった。稀血の人間が見つかったから藤の花の香り袋を届けてほしい、と丁度その辺りで任務があったからお館様に頼まれて渡しに行ったけど、勢いに流されてまた来ると匂わせるようなことを口走ってしまった。あれって、また行かなきゃいけないのだろうか。約束という約束はしていないけど。それにしてもあの後、日が暮れてから町で鬼を探してみたけどまるで気配がなかった。昼間はその気配があったのに。もう拠点を変えたか、上手いこと眩ませているのか。
「おーい時透くーん!」
鬼狩りから屋敷へ戻る夜明け前、この時間にそぐわない明るい声が聞こえた。炭治郎だ。手をブンブンと振って禰豆子と手を繋いで僕の元まで掛けてくる姿はさながら犬のようだった。
「時透くんも任務終わり?」
「そう。炭治郎も?余裕そうだったみたいだね」
「うん。でも、時透くんみたいに一人で上弦の鬼を倒せるようにならないと」
禰豆子を人間に戻すには、と小さいままの禰豆子に視線を送る。日光も克服したから箱も必要なくなって、小さくなる必要はないのに自分のそのサイズが癖づいているのだろうか。
僕の足元にてくてくやってきて髪の毛で遊び始めた。
「ああそう言えば!」
「?」
ぽん、と手を叩いた。何か思いつくのもいいけど禰豆子をどうにかしてほしい。ずっと僕の髪で遊んでるんだけど。自分の髪と僕の髪を結び始めそうなんだけど。
「今日美味しい食事処を見つけたんだ!」
「よかったね」
「今度時透くんも一緒に行かないか?」
「誘ってくれるのはありがたいけど、今僕くらい強くならないとって言ったばかりでしょ、その時間使って鍛錬…」
「ふろふき大根がすごく美味しかったんだ!」
同じ帰路を歩き始める炭治郎は僕の話を聞くつもりはないらしい。パアッと顔を明るくさせた。どうして僕の好物を知っているのか、話したことあったっけ。それともそんなの関係なしにそこの店のふろふき大根が美味しかったのか。だったらちょっと気になるけど。でも別に一緒に行かなくてもいいよね。店の場所だけ教えてくれたら行きたくなった時にふらっと行くけど。
「ここからそんなに離れてない町だからすぐ行けるよ」
炭治郎はニコニコとしている。一緒に来い、ということだろうか。行きたいなら一人で行けばいいのに。いや、禰豆子がいるから一人でもないか。こうして僕を誘っているけど今日、今ここで会ったのが僕じゃなく別の人だったらきっと炭治郎はその人を誘っているだろう。人が周りに自然と集まる呼ぶタイプだ。僕とは違う。
「……ねえ」
「?」
そんな炭治郎を見ていて思い出した。あの変わった子のことを。
扉が開くことに気付かなかった。目の前の初めて見るタイプの人間に情けなくも圧倒されていたからだ。
あの時、倒れかかってきたを受け止めた時、周りからとやかく言われていた。あれもきっと、本筋は炭治郎と似通ったタイプの人間だからだ。
「一目惚れってしたことある?」
「え?一目惚れ?」
「でき、できた!」
「ああ!禰豆子何やってるんだ!」
僕の髪と自分の髪を蝶の様に結んで満足気にふんっと鼻を鳴らす禰豆子を炭治郎が今更止めに入った。
妹がやらかした失態を炭治郎が解いていくと禰豆子は頬を膨らます。いや、もうそんなことはどうだっていいよ。
「ある?」
「一目惚れか~、綺麗だなって思う人は沢山見てきたけど、それって一目惚れって言うのかな?」
「……」
「誰かに一目惚れしたの?」
僕が質問したんだけど。その答えは明確にならないまま質問を質問で返された。世間一般、客観的に綺麗っていう人なら僕だって沢山見てきたから、それは一目惚れではないんじゃないだろうか。
「いや、してない。された」
「へえー!どんな子に?」
「可愛い子」
顎に手をあてて、一目惚れとは何か…、と考えていると、髪を解き終わった炭治郎の視線を感じた。下に視線を下ろすと、やっぱりじいっと見られている。何か変なことを言ったかな。
「何」
「あ、いや。時透くんって、そういうことを思うんだなって」
少し以外で、って笑う炭治郎は、僕を何だと思っているんだか。そういうことを思うって別に、素直な容姿の感想を述べただけなんだけど。
立ち上がった炭治郎は禰豆子を抱え上げた。
「今度詳しく教えてよ!お昼食べながら」
「…まあ、いいけど」
「楽しみだなー!」
承諾して気が付いた。それは、ふろふき大根が美味しいお店へ行くという約束になってしまったということを。炭治郎にそんな気はないのだろうけど、上手く乗せられてしまったようで少し不服であった。