後方注意
「いらっしゃらない……」期待していた。
好きな食べ物を教えてくれたから、あれ以来その通り私はお父さんに頼み込んで定番のお品書きに入れてもらい、いつ来てくれても提供できるようにしているというのに。
「まあまあ、きっとその内来てくれるよ」
「でもそんな人には見えなかったなあ…」
思い返すと、ただ私が必死こいていたからその人はその場から逃れる為に教えてくれただけなのかもしれない。そう思うと途端にやる気が削がれてしまい、あの人が私にもたらしてくれた胸の高ぶりは絶大なものだったと実感する。
「どんな人だったんだ?」
「うーん…瞳が綺麗な人!」
私にそう聞くのは、最近このお店に来てくれるようになった炭治郎くんだ。かなり歳が離れていそうな妹の禰豆子ちゃんも一緒だけど、禰豆子ちゃんは食べられるものが限られているらしくお店のものは全て食べられない、と炭治郎くんから聞いた。申し訳なさそうにしていたけど、いえいえこちらこそ禰豆子ちゃんが食べられるものがなくて力不足で……と。
この二人は、兄妹仲がとても良さそうで見ていてとても和む。
抽象的な私の例えに炭治郎くんは眉を下げて笑った。一つしか私と歳が変わらないのに、なんだか三つ四つ離れていそうなお兄さんぽさがある。実際、お兄さんなんだけれど。
「あと、髪が長い!」
「沢山いそうだな…」
「それでえっと……ああ、そう!炭治郎くんと同じ様な服……」
「……」
「ん……?」
何とか特徴を思い出していると、それっぽいものが目の前にあることに気付いた。確かにこんな服を着ていたんだ、あの人は。
じい、と炭治郎くんに近付いて上から下まで食い入る様に見た。側から見たら多分、品定めをしている様に見えただろう。でも生憎今お客さんはいないのだ。炭治郎くんはいつも混んでる時間から少しずらして来る。
「羽織だ」
「え?」
「失礼します」
「ん?え?」
あることを確かめる為に、私は炭治郎くんがいつも羽織っている市松模様の羽織に手を掛けてぐい、と背中が見える様に降ろした。すると、やはりそうだった。どうして今まで気付かなかったんだろう。
「一緒!」
「いっしょー!」
「そう!一緒なんですあの人と!」
背中に書かれた”滅”の文字。これが何を意味するかなんて私にはわからないけど、とにかく、重大な手がかりを手に入れた私はとても興奮していた。
私に合いの手を入れた禰豆子ちゃんを余所に何が何だかわからない、と混乱している炭治郎くんに羽織を掛け直した。
「炭治郎くんと同じ服着てました!何!兄弟ですか?お揃い着てるなんて!」
「ああ、そういうことか。鬼殺隊の人だったんだ…」
「キサ…?」
「ああいや、兄弟ではないけど、俺が知っている人かもしれない!」
ボソッとキサツ、何ちゃら…と言っていたけど、それは何のことなんだろう。でも、何はともあれもうどこで何をしているかなんてことは炭治郎くんに聞けばわかるかもしれないのだ、炭治郎くんありがとう。
「本当に!?」
「うん!ええっと瞳が綺麗で髪が長くて…後は?」
「後は……、髪がサラサラで艶々で、身長はこれくらい!」
「うんうん」
「それで、一見服のせいで華奢に見えたんですけど、本当はがっしりしてました!」
「服のせいで…?」
「はい!ちょっとダボっとしていて。お洒落ですかね?」
「……」
男の人のお洒落とか私はよくわからないからきっとそうなんだろう。じゃなきゃわざわざ動きにくい様な服着ないもんね。炭治郎くんはちゃんと着ているけど、きっとこの服は着る人によって多少変わるんだろう。だからすぐに気付けなかったんだ。決してここ最近物思いに耽っていて周りが見えていなかったからではない。断じて。
つらつらと思い出した特徴を言葉にしていく私に対し、炭治郎くんは禰豆子ちゃんと目を合わせていた。
「それで、後は何だろうな…」
「…あ、ちゃん」
「あ、多少毒舌な感じがありました!そういう話し方する人います?ちょっと棘がある感じ!”食事出すお店なんだから美味しくて当たり前でしょ”、なんてわざわざ言っちゃうような人です!」
「ちゃん…」
「好きな食べ物はふろふき大根で、炭治郎くんが美味しいって言ってくれたそれもその人が好きだからって言うから提供することにしたんです!なのにいつまでたっても来てくれなくて、なんて薄情者さんなんですかね…」
はああ、とそこでやっと一息ついて炭治郎くんのことをちゃんと見れば、炭治郎くんは口元をギュッと紡いで指をさしていた。私の後方を。その指先を追うように、くるりと顔だけそちらを向ければ、
「来る約束なんてしてなかったでしょ」
「……ぎゃあ!!」
会いたかったその人がやっと来てくれたのに、お化けが出たかのように驚いてしまった。