その気持ちも乗せて
私って可愛いのだろうか。おじさんやおばさんたちに可愛がられることは日常茶飯事だけど、同い年の男の子に可愛いと言われてしまったら自惚れざるを得ない。そうだ、私は可愛いんだ。私は可愛い。きっと。「おいぼけっとしてねえで運べぇ!」
「わ、はい!」
時透さんが炭治郎くんとここへ来てくれるまで、ずっとぼうっとしていたわけだけどそれは時透さんが来ても来なくても、結局変わらなかった。
これは、あれなのかな。恋、なのだろうか。
私は時透さんのことが好きなのかな。はたから見ればそんなような行動は十二分にとっている。でも、最初に綺麗な人だなって思って、料理を作りたいなって思って、また会いたいなって思って、それだけで。
それって好きってことなのかな。今更よくわからなくなってきた。でも会いたいのは変わらない。
例えば、それらしいことをしたい、と言われたら……、
「もう終わり?」
「きゃあ!!」
前もあった、同じようなこと。頭の中でその人のことを考えていたらその本人が目の前に突然現れた。私の反応を時透さんは心底めんどくさそうに見ている。
「い、いやいや!大丈夫です!お昼は終わりにしようとしてたんですけどどうぞどうぞ入ってください!」
「いや、無理ならいいよ他のお店…」
「他のお店なんて入らないでください是非当店へ!!」
お昼が終わる頃、お客さんも全員捌けたので出入り口前を箒を持って掃除をしていた。その手を止めて時透さんの腕を引っ張って招き入れた。
「また来てくれてありがとうございます」
「まあ、そこそこ近いからね」
注文はされていないけど、今日も出すのは決まっている。この人の為と言っても過言ではない定食を席に座ったその人へお出しする。たまにじゃなくて、毎日来てくれたらいいのに。
「ってこの町に知り合い多いよね?」
「?…そんなこともないと思いますけど」
「聞きたいことがあるんだけど」
「はい!なんでしょう!」
もう、感想を待って目の前で食べている姿をじっと見るのはやめた。といっても近くにはいるのだけれど。けれど、とある作業をしていた私に時透さんから話しかけてくれたのが嬉しくて、結局持っているものをそのままに時透さんの向かいに座った。
「誰かが急にいなくなったとか、そういう話聞かない?」
「聞きません!」
「……本当に?」
「疑いの眼差しを向けないでください、本当ですよ…!」
即答した私に時透さんは怪しい目を向ける。そんなことを言われても、そういう暗くてよくわからない話はこの町では一切聞かないのだ。みんな暖かくていい人たちばかり。この町に生まれてよかった。そうだ、それこそこの町に生まれてなければ今こうして時透さんとも話せていないから。
「まあ、確かに何か不可解なことが起こってそうな町には見えないけど」
「でしょう!」
「……ていうか、さっきから何してるの?それ」
珍しく私が何かをしているから気にしてくれたのか、ぴ、とお箸を持っていない方の手で私の手元を指差した。
「鶴を折ってるんです」
「鶴?」
「はい!千羽折る予定です」
ほらあそこ、と窓を指す。千羽鶴というものを教えてもらってから、折った鶴は纏めてあそこに吊るしているのだ。ちなみに今私が折っているのは記念すべき七百羽目。
「千羽?そんなに?なんで?」
「私もお客さんから聞いたんですけど、千羽折ると願いが叶うらしいんです!病気とか、平和とか」
「…願いが叶う……?」
「はい!願掛けみたいなものですね。もうすぐ千羽なんです!お父さんは二羽くらいしか折ってくれなかったな…」
「願掛けなんて無意味でしょ」
病気に役立つなら、って今お休み中の仲居さんの為に折っているのだけれど、時透さんはそう呟いた。少し冷たく感じた。そんなこと、ないと思うんだけどな。一羽一羽、心を込めて折っている。たまに歪なのも混ざっているけど。
「……名前に無が入ってるからってそういうことを」
「、俺が何も無いって言いたいの?」
「?違いますよ、無といえば無双でしょう!」
出来上がった折り鶴を手の平にのせて時透さんの前へ見せた。今回は上手い方な気がする。
「めちゃくちゃ優秀で、一人で何でもできちゃうから!」
「……」
まあ、実際そういう人なのかっていうのは詳しくはわからないけど。でも多分、そういう人な気がする。伊達に私だって生まれてこの方ここへ来るお客さんを見てきていない。それに剣術の鍛錬をしているって言っていたし、なんだか尚更ぴったりな名前な気がする。
どうです、と鶴を見せた私に幾らか面食らったように固まっていたけど、いつものようにため息を一つ吐いた。
「雑だね」
「え!これは上手くできた方…」
「貸して」
そう言って、私の手のひらから折り鶴をひょい、と奪い取った。食べ終わっていたその御膳を端に寄せて、私が折った折り鶴を開いて元の正方形の折り紙へ戻していく。
「はい、できた」
一度跡がついた折り紙なのに、流れるような速さで出来上がった鶴は私が折ったどの鶴よりも綺麗だった。口が半開きのまま、受け取らない私に時透さんはその鶴を私の頭の上に置いた。落ちそうになってようやく我に返る。
「すごい、やっぱり何でもできるんですね!時透さんの一羽、百羽分くらいありそう!」
「ずるでしょ、それ。昔よくやってただけ」
「他には?何ができるんですか?」
がた、と立ち上がってあるだけの折り紙を持ってきた。思わぬ特技を知ってしまった。いや、私が知らないだけで時透さんくらいの腕前が普通なのかもしれないけど。
持ってきた折り紙を一枚、時透さんは手に取った。その手つきを見て感動していたらそれはもう形になっていた。
「はい」
「?」
「紙飛行機。死ぬほど飛ぶよ」
気のせいだろうか。いつもあまり変わらないその表情が、柔らかくなったような気がして、胸がどくりとした。
私に差し出してくれたその紙飛行機を受け取らずに、私は時透さんの前へ手を差し出した。
「飛ばしに行こう!」
「今から?」
「はい!」
頷くと、時透さんは時間あまりないんだけど、と言いながらも立ち上がってくれた。