一生のお願いの対価
「お願い致します、この通り」畳の上で土下座した。今日の営業も無事に終わりもう後はご飯を食べて寝るだけだ。今日は昼も夜もなかなか繁盛していたし、頼みごとをするには申し分ない日だ。機嫌のいい時にしなければ成功率は高くならない。
「お祭りに、お祭りに行かせてくださいませ!!」
これでもかというほどに頭を畳に擦り付けた。近々、この商店街ではお祭りがあるのだ。結構大きいやつ。ちなみに花火も上がる。毎年毎年それが外で見たくて私はこの時期になるとお願いするタイミングを見計らっているのだ。
お線香をあげているお父さんを顔を上げてちら、と見た。
「最近ぼけっとしてるからなあおまえ」
「は、働く!ちゃんと働く!!」
「店番俺一人になるし」
そう、お祭りの日は当たり前のようにめちゃくちゃ混むのである。けれども花火がとても綺麗なのでそれを見たい。とても。ここからじゃ残念ながら建物が沢山あって見える角度ではない。
去年は仲居さんがいたから大丈夫だったけど今はお休み中。きっと私がとてもできた娘だったら今年はお祭りへ行くことを諦めていただろう。でも、今年に限ってはどうしても諦めたくない。親不孝でごめんなさい。
「お願い!どうしても行きたいんです、一生のお願い!」
「一生のお願い何回使ったよ」
「そんなに使ってないよ!多分…」
今人生で初めて使ったような気がする”一生のお願い”。こんなところで一生のお願いを使ってしまっていいのかと思われてしまいそうだけど、いい。それでいいんです。
「時透くんだろ」
「え…」
「好きな男と祭りに行きたいか、そうかそうか俺は一人で店番してやるよ」
へん、と仏壇に供えてあるお猪口に水を入れた。いやそれはお酒かな…。と、いうか。バレていた。私ってそんなにわかりやすいのかな。え、もしかして時透くん自身もわかってるのかな。いやいやでも、
「す、好きとかじゃ、」
「うるせえ、勝手に行ってこい」
まだわからないし。ただ、一緒にあの花火を見たいなって思っただけで。一生のお願いを使うほどではあるけど。
「行っていいの?」
「いいさ、行ってこいや。毎年ろくでもねえあの坊主と行ってんだろ、ああいうのは好きな奴と行かねえと」
「ありがとうお父さん…!!昼間にお祭り用のお弁当沢山作る!!」
ろくでもない坊主とは、うちの料理をまずいと言う昔からの幼馴染だ。まずいって言うなら来るなとお父さんが怒鳴ってあまり来なくなったけど、一応仲良くしているのだ。腐れ縁のような感じで。でも今年は、そんな幼馴染ではなく、本当に一緒に見に行きたいと思う人と行けるのだ。
「しかしこんな娘もらってくれっかねえ、あのいいとこの坊ちゃんみたい子が」
「だから、そういうのじゃ……」
「……」
「多分…」
時透くん、あの時住んでいるところ教えてくれなかったけど、確かに身なりがきちっとしていていいところに住んでいそうだ。とにかく髪がサラサラだし、ああいうのは生活ででるものだと思う。今度時透くんが帰る時、こっそりついていったら怒るかな。
***
「行かない」
ぴしゃりと、たった一言で制された。
「……え!」
「えじゃないよ。それって夜でしょ?夜は無理だよ」
また来てくれる、と言ってくれた通り時透くんは今日も来てくれた。けれど、花火を見に行こうという誘いには応じてくれなかった。
なぜだか私は拒否されるとは思っていなくて、鶴を折る手を止めてしまった。
ただ、そういえば確かに時透くんは日が暮れてからここに訪れることはなかった。
「お、お仕事?」
「そう」
夜にしかできない仕事って、なんだろう。夜の仕事……。頭の中に過った一つの考えに時透くんを見れば、食べる手を止めて目を細めていた。
「変なこと考えてない?」
「全く!」
頭をぶんぶんと横に振って時透くんにも考えていたことにも否定した。第一時透くんは男なんだ。そんなわけない。時透くんは息を一つ吐いて顔に書いてあるんだよって言いながらふろふき大根を口に運んだ。
本当に好きなんだなあ、いつも食べてくれるけど飽きないみたいで。
「うちでお弁当出すから、それ持って見に行こうよ!」
「話聞いてた?そもそもは店の手伝いした方がいいんじゃないの」
「でもほら、射的とか金魚掬いとか、花火以外も楽しいこと沢山あるよ」
食べ物は、うち以外のもの食べて美味しいって聞くのはちょっと嫉妬しちゃうからそれ以外でお願いしたい所存。あ、でもりんご飴とか甘いのは食べたい。あとはヨーヨーとか、お面被るのも良さそう。同じの頭につけて歩きたい。
そんな都合のいい妄想を頭の中でしていると、時透くんは私を見て首を傾げていた。
「射的って、射的?」
「……」
「金魚掬うって、どういうこと?」
時透くんは、おそらく祭りと言うものをちゃんと知らないんだと、その質問で理解できた。なら、尚更だ。
机に手をバン、と置いて立ち上がりお箸を止めている時透くんに顔を近づけた。
「知らないんだったらいこうよ!一緒に!」
「…だから、」
「ね!」
「……君のそれやめてほしいんだけど。断れなくなる」
後ろに頭を逸らす時透くんに詰め寄る。前にもあった、こんなこと。けどあの時と違うのは、時透くんは困ったように眉を下げて目を逸らすのだ。
「………!ね!」
「…無理だよ、何と言おうと無理」
「ええ…」
このままあの時みたいに押せば、承諾してくれるかも。そう思った私は更に詰め寄ったけど、目だけではなく顔をふい、と逸らされてしまった。
どうしても無理なようだ、とても悲しい。私の一生のお願いは塵となって消えてしまった。
「じゃあ、次いつ来れますか」
座り直して、鶴を折るのを再開させながら不貞腐れたように聞いた。勝手に断られることなんて考えずに期待していたのは私なのに。我ながら子供である。
「いつ来て欲しいの?」
「毎日」
「無理だよ」
わかってたけど。だって忙しそうだし。何をしているのかは知らないけれど。いいんですいいんです。来てくれるときはお客さんが他にいない時間だから私だけが時透くんを独り占めできる時間。花火見に行けなくたっていいんです、我慢します。
「そんな顔してるより笑ってた方が可愛いと思うけど」
「……!」
しれっと、それが普通のことであるかのように私にかけた言葉は、私はさらりと聞き流すことなんてできなかった。そうだ、時透くんは私のことを可愛いと思ってくれているんだ、そうだった。
「普通そうでしょ、人間は」
時透くんを見上げた私に、何か私が言い出す前にすかさず言葉を続けられた。
そうだけど、確かにそうですけど。いやでも、時透くんに可愛いって言われるのはどんな理由であれ胸が煩くなる。花火見に行くのを断られたのだって、もうどうだってよくなってしまった。
「……時透くんも、かっこいいよ」
自分で言っておきながらなんだかとても恥ずかしくなってきて、その日はそれから時透くんの顔を見ることができずにひたすらに鶴を折っていた。