紆余曲折

火照る日

もう季節は夏を迎えて、外に出ると地面の照り返しさえ眩しいほど。丁度木陰になっている場所に座ってお手製のお弁当を頬張る。

「時透くんが来る日、いつも天気いいよね」

花火は見に行けない、と言われてしまった私は、それでも二人で外でお弁当が食べたくて、時透くんがきてくれた今日、食材を詰めて紙飛行機を飛ばした広場にやってきたのだ。
今日は外で食べよう、一緒に、と言えば首を傾げながらも承諾してくれたので小風が涼しいこの場所へ腰を下ろした。

「まあ、偶然だね」
「違うよ、晴れ男なんだよ!」

お手製のお弁当を味わいながら自然の中で、しかも時透くんと食べるお弁当はいつにも増して美味しい。こういうのはやっぱり、一人じゃなくて誰かと食べる方が二倍も三倍も美味しくなる。

「ここに来る時だけ晴れるって随分都合いいよ、それ」

とは言っても、時透くんが来る日は今のところ天気が悪かったことがない。
そんな雲一つない空を見上げると、鴉が何かを持って空を飛んでいた。遠くてよく見えないけど、何か町からとってきたものかな…。そして、この香ばしい匂いを漂わせるお弁当を、狙われているのだろうか。そんな不安を他所に時透くんを見ると、時透くんも空を見上げていて、多分その鴉を目で追っていた。

「…こっち、来るかな」
「いや、来ないから大丈夫」

ふぅ、と息を一つ吹いてお弁当の卵焼きを口に運んだ。どうしてわかるんだろう。でも時透くんがそう言うとなんだか説得力がある。鴉に詳しいのかな、鴉を飼っている、とか。飼える鳥なのかはわからないけど。懐くのかな。

「時透くんはさ、休みの日は何してるの?」
「そんなのないよ」

嫌な顔をするわけでもなく、時透くんは当然のことのように言い放った。私が知らないこと、沢山ある。住んでるところは教えてくれないけど、普段炭治郎くんたちとしている稽古以外にどんなことをしているのかが知りたくて。けれど時透くんの返事は会話を広げるには難しいものだった。

「……いつからその、稽古は始めたの?」
「二年前くらいかな」

なんとなく、小さい頃からやっているものだと思っていた。お父さんの言う通り私も時透くんはいいところに住んでそうだなと思ったので。

「私、こないだ隣の家のおじいちゃんに聞いたの」
「何を?」
「廃刀令?が、出される前のこと!結局、あまりよくわからなかったんだけど…」

隣の家に住んでいるおじいちゃんもとても高齢だったから、嘘なのか本当なのかよくわからない話をされた。自分は武士だった、というくらい。でもおばあちゃんに聞いたらうちは昔から商いをしている家系だよって言っていた。私には刀に対する知識とかが全くないから少しでも時透くんとそういう話ができたらなって思ったんだけど。結局よくわからないまま話は終わってしまった。時透くんはそういう話、詳しいかな。

「歴史に詳しくでもなりたいの?」
「え、いや…」
「違うの?なんでそんなこと聞いたの?」

正直に答えてしまった。詳しくなりたいからって、それに肯定すればよかったものの。間違いではないし。でもその理由は、時透くんだから。
正面からそう聞かれてしまうと、気恥ずかしいものがあって、不思議そうにする時透くんから目を逸らす。お弁当を食べ終わったらしい時透くんは蓋を閉めてご馳走様、と呟いた。もうそろそろ、帰っちゃうかな。

「もっと知りたいから……時透くんのこと」

今までそういう話なんて、知らないし、知ろうともしなかったし。でも、少しでも近付きたくて。

「と、時透くんはさ!好きな子とかいる?」
「は…?」

自分で作り出してしまった空気に耐えられなくなって話を逸らそうと、空っぽな頭から反射的に絞り出した言葉に酷く後悔した。やってしまった。
何も反応が返ってこない。突然何を言い出すんだって、きっとそんな表情をされている。

「よ、よくみんなとするから!どんな人が好き~とか、そういう話!だから深い意味は特になくて、」
はいるの?」
「えっ」

必死に弁解を試みれば、私がした質問を質問で返された。じんわりと額に汗が滲む。
乾いた風が吹いて、どこからか風鈴の音が聞こえてきた。控えめに、恐る恐る顔を上げて見ると、数秒目が合った後、その綺麗な瞳は逸らされた。

「好きな、人……」
「……」
「……折り紙が得意で、お弁当を、外で一緒に食べてくれるような人…」

それは、あなたくらいしかいないんですけど。
胸が大きく脈打つ。風が吹いて涼しいはずなのに、顔に熱が溜まっていく。
前に、好きなんでしょうかって本人を前にして言ってしまえば、”何言ってんの?”と、そう返されてしまった。あれは、遠回しに私はそういう仲にはなれないと、言われたってことなのかな。だから、もうわかりきってるこの感情を、また直接言葉にすることができなくて。

「食べ終わってる?」
「え、あ……うん」
「そろそろ行くから」

私は時透くんのことをもっと知りたいって思うのに、時透くんは、きっとそうでもない。わかってはいたけれど、特に私の好きな人の話を深掘りされるわけではなかった。
いつも本当に、短い時間だけ。それでも会いにきてくれるのは贅沢なことなのに、途端に寂しくなって、先に立ち上がる時透くんの服の裾を無意識に掴んでしまった。

「…何」
「いや、あの…」

こちらを見る時透くんにまた、目を合わせられなくて、俯いた。あの透き通った綺麗な瞳が大好きなのに、ちゃんと見れなくなってしまった。

「…………手、繋いでもいい?」

絞り出したのは、蚊の鳴くような声だった。最初に会った日は、勢いでその手に触れたんだけど、あれは繋ぐというよりもただ私が掴んだだけだった。またお店に来て欲しくて。でも、その時とはもう全く別で。
しばらく返事がなくて、沈黙が続いて掴んでいた服をそっと放した。聞かなければよかった。もう、何事もなかったかのように振舞おうと考え直した矢先、すっ…と、ずっと俯いたままだった私の前に影が降りてきた。
本当に、時透くんが来てくれる日は天気がいい。今日も、熱い。


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