短編



ツメの甘さに彩る華の少し前の話


「疲れてる」

特に見ていて面白いと思っていたわけでもないが、帰ってきてついていたテレビをそのまま夕食を口に運びながら見ていた。
呟かれた一言に視線を向ける。
目の前のは甘露寺から貰ったと話していた柿を爪楊枝にプス、と刺して俺を見据えている。心配をしている、というよりは眉間に皺を寄せているところから推測するに俺への不満だろう。

「なら早く寝ろォ」
「私じゃないです、実弥さんが」

ほらクマが酷いですよ、とは爪楊枝から手を放し自身の目元を人差し指でさす。その様子に鼻で返事をして再びドッキリ企画だなんだやっているバラエティーへと目を向けた。
正直なところ今週はやけに業務が立て込みあまり寝る暇もなかったのだが顔にまで出ている、それもこいつに筒抜けになってしまうほど疲労しているとは自分でも思っていなかった。ただそれも今週を乗り切れば終わりだ。体育祭や文化祭といった学生にとっちゃ一大イベントである秋の行事も中間テストも終わっている。十二月に入ればまた忙しくはなるが、一先ずはひと段落する。

「ドッキリとか、サプライズとかってされる側はどんな気持ちなんだろう」

もう俺の疲労具合は鼻で返事をしたことでどうでもよくなったのか、も賑やかな笑い声が流れるテレビを見ながらつまらなそうに呟いた。

「大体、下げて上げる、じゃないですか。その下げる部分っていると思います?」
「まあ、下げてからの方が嬉しくなるんじゃねェの」
「下げる必要なくないですか?上げて上げる。二回目の上がる部分が下げて上げる、の上げるよりも嬉しくないのだとすればそれはサプライズの仕方の問題じゃないですか?」
「……」
「そう思いません?私なら上げて上げます」

つらつらと独自の解釈を語り始めるに首を傾げられる。そう思いません、と疑問形で聞かれるがこういう時は決まって肯定しないとこいつは不貞腐れる。多少めんどくさいと思いつつも、俺は俺でだから頷いてしまうのだろう。

「……そうだな」

小さく肯定すれば、は口の端を上げて満足そうに笑う。うんうん、と一人納得して頷き柿を頬張った。
に遅れて夕食を食べ始めた俺も全て平らげたのに気付き、は俺の口元へと柿を持ってきた。

「甘いですよ。疲れてる時は甘いもの」
「疲れてねェっつの」
「はいどーぞ」

やけに今日は機嫌がいい。疑問に思いつつもわざわざの手から柿を奪って食べることはせずにそのまま口を開いた。思ったよりも柔らかくて甘かった。

「あ、今週の日曜日は空けといてくださいね」
「はァ?」
「え、予定あるんですか?」
「いやねェけど」

柿は俺と食べたくてずっと保管しておいたらしい。通りで一般的に知る柿より柔らかかったわけだ。
風呂から上がると食器を片していたが俺に声をかける。まさか貴方の休日に私以外の予定が?とでも言いたげな面持ちに額を弾いてやりたくなったが久しぶりにが起きている時間に帰れたから今日は抑えた。出会いたてから小生意気なところは変わらないが、それに惚れてしまった俺も俺だ。

「じゃあ待ち合わせしましょう」
「待ち合わせ?どこか行きてェなら、」
「待ち合わせ、するの」

ほんの僅かに声色に圧を感じた。はためんどくせえ女だとつくづく思う。が、口を強く結びながら真っ直ぐに俺を見るの後ろに掛けられたカレンダーを見て、その思惑に気付いた。
自分の誕生日に喜ぶ歳でもないし忙しさにそれどころではなかったのだが、今週の日曜日は誕生日だ。俺の。
酔っ払った時はさて置き、普段特に甘えるなんてこともなく九割がたツンケンとしているのだがこいつは夢見がちなところがある。それを指摘した時は顔を赤くさせてそんなことないです、と否定していたから本人はそれを隠したいらしいが。

「何時にどこだ」

小さく息を吐いてから呟けば、は時間と場所を愉しげに俺に伝えた。

当日、の指定通りに待ち合わせ場所へ行く。ちなみに家を出る時間は勿論ずらされた。先に出ていますね、と愉快な顔して出て行ったにたまにはこういうのもアリかとその気になったのだが、

「兄ちゃん!」

が指定した場所で俺を待っていたのはではなく、ここのところは顔を見せられていなかった弟妹たちだった。

「わーお兄ちゃん久しぶり!最近帰ってきてくれないから寂しかったんだよ!」
「兄ちゃんご飯!俺お腹空いた!」

上から二番目である玄弥はこの場にはいないが、他五人は俺の周りに集まり嬉々とした表情を見せている。辺りを見渡してもはどこにもいない。そんな俺を察してか、就也を抱きかかえている寿美がさんは、と話し始めた。
どうやら事の経緯はこうらしい。最近俺が忙しそうに、更には十歳くらい老けたような顔をしているほど疲れが溜まっているらしいから、家族パワーで癒してあげてくれとから頼まれたとか。
一匹、俺に飯をたかってくる弘だけは趣向から逸れている気がするのだが、久しぶりに会えた弟たちに素直に口元が緩んでしまうくらいには、の言う通り疲れが溜まっていたのだと自嘲した。
そして、俺が何をされたら喜ぶのか、それがあたっている事にも柄にもなく胸中がむず痒さが残った。

「それで、帰りはうちでご飯食べて行ってって、さんが」

飯飯うるさい弘も腹が膨れて漸く静かになった後、寿美はから言伝されたらしいこの後の予定を俺へと伝える。
それを聞いて、夜はいつも通りに家へと戻る予定だったが、この前がサプライズはああだこうだ述べていたのを思い出す。おそらく、実家で俺を待ち受け驚かせたいのだろうと考えが手に取るようにわかった。上げて上げた方がいいと話していたから、家族に合わせて次は自分、とでも思っているのだ。間違ってはいないがわかりやすいサプライズに驚いたフリをするべきかと、そんなことができるだろうかと悩ましいところではある。
久しぶりに会った寿美や貞子がすっかり姉さん風吹かせていることに多少の侘しさを感じつつ、一頻り家族との時間を楽しんだ後に電車へ乗って実家へと戻った。
が、俺の予想に反してはそこにはいなかった。

「実弥、おかえりなさい」
「あァ、……ただいま」

俺を迎える母さんの後ろで玄弥も部活から帰ってきたばかりなのかジャージ姿で俺を出迎えていた。扉を開けた瞬間に、俺はクラッカーでも弾かれるのだろうと予想をしていたのだが、高い音も響かずに懐かしい穏やかな声が俺を包み込んだ。

「も〜最近全然連絡寄越してくれないから、母さん心配してたのよ」
「そんな年じゃねェよ……」
「おはぎ沢山作ってあるからね」
「やったーおはぎだー!」
「ああこら!ちゃんと手洗いなさい!」

俺と母さんの横をすり抜け狭い廊下を走っていく弘にそれを追いかける寿美。あまり連絡をしていなかったのは申し訳ないと思うが、見立てていたものが見事に外れ、がいないことに拍子抜けでいた。

「兄貴、これ」

自分の誕生日を忘れるくらいであったから、祝ってもらおうと思うことなんて今更不条理ではあるが、あいつ自身は俺の誕生日をなんだと思っていやがるのだと疑問に思う。
弟妹たちが一斉に居間へと流れ込んでいく中、斜め上のサプライズに違和感を感じながら靴を履き替える俺に玄弥が一枚の紙切れを渡してきた。封を留めてあるマスキングテープには見覚えがある。

さんから」

今時手紙を書くなんて、そんな淑やかな女だったかと脳裏を過るが、見た目と言動に反してこういうところがあるのがだった。
玄弥から受け取った手紙の封を開けるとそこには見慣れた文字で

『誕生日は家族団欒がいいでしょ?でも日付変わるまでには帰ってきてね』

とだけ綴られていた。淡いパステルカラーのマスキングテープにピンクの封筒と随分可愛げがあるものを使っている癖に内容は可愛げもない。ただ、今日という日をなりにも俺と二人で過ごしたいという思いはこれで確かめられた。俺も大概だ。
久しぶりに自分の誕生日を家族で過ごす時間を与えられた俺はの計画通りにケーキにさされたロウソクの火を消し、日付の変わる前にマンションへと戻った。

「……まじかよ」

今から帰る、と送ったメッセージに既読はつかなかった。最後の最後まで俺にサプライズを何か考えているのかとエレベーターに乗りながらも考えていたが、この女はソファーに身体を預けてくったりと寝息を立てていた。
もしかすると寝たフリであるのかと一度身体を揺すったが起きる気配はない。むしろその揺れに心地良さを覚えているのかと思うほどに気持ち良さそうに眠りについていた。

「上げて上げる、はどうした」

若干、香ばしい匂いが部屋に残っているのは何かを焼いていたからか。もしかすると、俺が外で家族との時間を満喫している間にいそいそと焼き菓子でも作っていたのかもしれない。キッチンへ目を向ける野暮なことはやめて、悪態を吐きながら致し方なく眠り姫をベッドまで運ぶ。まるで起きる気配のないその寝顔に徐々に腹が立ってきて薄く開いた唇へと噛みつくように重ねた。
本来ならば、この瞼は開いていてきっと徐々に蕩けた瞳になっていくはずだったのだろうがそれも今日は無理そうだった。
まあ、ただ、来年はこの心配はなくなるのだろうと、少し苦しそうに眉を潜めるから唇を放して呟いた。

「来年はお前も向こうだからなァ」

誕生日は家族団欒、と、それがの描く誕生日像であるならば。
次の日の朝、ベッドの上でなぜか俺がなぜ起こさなかった、と叱責を受けたのだが昨日の無駄にした時間を埋めるようにとその口を黙らせた。

上がらない午前0時