練習が終わってから沢村と降谷の球受けてくれアピールをかわしてグラウンドからはなれた学校へ向かう。練習が終わってから校舎に向かうやつなんて当然一人もいない。等間隔に設置されている街灯が住宅街の夜道を朧げに照らしている。
なぜ向かっているかって、単純に忘れ物をしたからだ。まだ開いてるかはわからないが、教室に置いてきたスコアブックをどうしても明日の練習試合の為に見ておきたかった。
角を曲がって校舎が見えたところで職員室に明かりが灯っていることを確認。まだ誰か先生がいるらしく学校へ入れる。助かった。
正門に近付いたところで、正面から人影が一つ。生徒だろうけど、こんなに遅くまで学校に残っているとは、俺のように忘れ物だろうかと予想。ま、俺には何も関係はない。
「でもさ、酷くない?倉持くんだって今朝ネクタイしてなかったよ。野球部贔屓?」
関係ないと思っていた。が、声が聞こえるくらいの距離に近付いて耳に入ってきたよく知った名前に思わずそいつの顔を確認した。向こうは電話に夢中で俺の存在に気付いてないらしい。確か同じクラスの……名前が出てこない。席は隣の、……出てこない。
確かにその会話の通り、朝遅刻してきて入ってきた瞬間ネクタイしろって怒られてた気がする。その時苗字も呼ばれてた気がするが、そんなことよりもスコアブックに集中していた。
というか、遅刻したから目立ってネクタイしてないのに担任が気付いただけだろうけど。倉持はおそらくバレなかっただけ。
「先生ならちゃんと平等に注意してつかーさいって…」
「ぶふっ」
またも、よく知る男がよく使う言葉遣いがその子から聞こえて思わず吹き出した。と、同時に焦る。
しまった、とそいつを見るとちょうどすれ違いざまで道路の端にいて。街灯で照らされた顔は瞬きを繰り返し俺の存在に驚いているようだった。
「……ごめ、電話切るね」
別に俺のことは気にしなくてよかったし、むしろこのまま何事もなくスルーが有難かったのだが、その子は耳元から携帯を離し画面を暗くした。
それから「えーと」と、気まずそうに目を逸らしてる。
「あの、今の倉持くんには……」
「え、気にするとこそこ?その後が面白かったんだけど」
今時の女子高生がつかーさいなんて沢村言葉使うか?思い出したらまた笑いそう。
笑いのツボがズレてるとはよく言われるけど、これは誰だって笑うだろ。
「いやだって倉持くん怖いし…」
「別に怖くねーよ。つか、人のこと言えなくね?」
名前は思い出せないけど、確か二年からの転校生っていうのは聞いた。当初はすげー綺麗な子って騒がれてたけど本人が無愛想らしく、加えて髪の色やらスカート丈やらが普通じゃなく、怖いと言われるようになってその話題はすぐに散っていった。だから俺もすぐ思い出せなかったんだけど。いや名前は今も思い出せないけど。
「私怖い…?」
「そう言われてるみてーだけど」
「どの辺が?」
「その髪?あとスカート丈?爪?」
まあ、他にも染めてる子だってスカート丈短い子だってゴロゴロいるけど。やっぱ仏頂面してんのが一番の原因なんじゃないかと。綺麗なのに勿体無い。綺麗と怖いは紙一重か。いやでも倉持は違うな。指摘する俺にその子は口を尖らせた。
「染めてないんだけどな…」
「そうなの?」
「元々色素が薄いみたいで」
地毛ですって言っても先生は信じてくれないらしい。だから目を付けられてるとか。それはそれはお気の毒に。
「御幸くん、部活は?」
「あー、ちょっと教室に忘れものしたから取りに来た」
「そうなんだ」
驚いた。俺が部活をやっていることを知っていることに。人にあまり興味がなさそうだと勝手な印象があった。隣の席でずっとスコアブック眺めていたらわからない人の方が珍しい気もするが。てか、俺はこの子の名前も入ってるかどうかわからない部活も知らないから、少なからず申し訳なさを感じる。せめて名前だけはちゃんと覚えておくべきだった。
今聞くのもかなり失礼な気がするから、月曜にわかることを願う。授業であてられたりしたらわかるだろう。
「そういや、なんでまだ学校いたの?」
「委員会」
「委員会?何の?」
「文化祭実行委員。勝手になってた」
委員会を決める日に休んだら決められていたらしい。サボり?って聞いたら体調不良ですって怒られた。見た目で判断すんのやめよう。
俺らは先生たちがそういう委員会なるべく入らないようにしてくれてるけど、こんなに遅くまでやっていることを初めて知った。大変だな。もう一人いるはずだけど休みらしくて、会議が終わった後に教室で一人で月曜配る用のプリントを綴じてたからこんな時間になったとか。
てか、勝手に決められたとは言えちゃんと会議に出ることに印象が変わっていく。
「ていうか、御幸くん私の名前知らないでしょ」
「え」
長々と立ち話する仲でもないし、そろそろ目的のものを取りにいこうと思った矢先、図星を突かれて思わず固まった。
俺の反応にその子はまるで勝ちましたと言わんばかりの笑顔を見せる。
「やっぱり。興味ないことにはとことん興味ないって聞くから」
「ああ、え、噂……?」
「そんな感じ」
なるほど、そういうことか。てか誰だそんな噂を流したやつは。
正直にごめんと言えば、多分クラスの子大半に覚えられてないから大丈夫とか自虐しだした。
「じゃあ、明日頑張ってね」
もう遅いし、俺も早くスコアブック持って寮に帰らないといけないのだが、俺が知らないってことが分かった上で名前を教えないそいつが気になって呼び止めた。
「教えてくんねーの?」
「何を?」
「名前」
別に今聞かなくったってその内わかるけど。けど、聞かないままだったら明日も気になったままで試合に身が入らなそう……というよりは、ただただ今気になっているだけだな。
さっきのように目を丸くして、俺を見据える。
ぱちくりさせた後に、初めてふわっと笑うもんだから、反射的に胸が飛び跳ねた、気がした。
「です。忘れたらまた聞いて」
「大丈夫、忘れない」
「興味ないくせに」
その笑顔も、名前も。
意識して見てなかったのもあるけど、普段から無愛想だと言われてるそいつから出た笑顔を見れたのはプレミアものな気がした。