知りたいこと
大したことはないと話していた足は、結論から言うと大したことはあった。私から見たら、だけど。捻挫のように腫れていた足に驚いていると煉獄さんは見た目ほどではないなんてまた私を安心させるように話すから、少し私も意地になった。手当てをしながらこれから任務はあるのか、ないのであれば絶対に休んでください、鍛錬もしないでください、と念を押すように伝えた。控えめに話したところでこの人は聴いてはくれない。この人にとってなんでもない私が強めに言ったところで、な話でもあるのだけれど。
「火加減はとっても大事だから、気を付けてね!」
「はい」
手当てをしている途中、お菓子を持ってきてくれた甘露寺さんが私たちのやり取りに気付き、今日は泊まっていってくださいと煉獄さんに提案していた。首を振ると思っていたけど煉獄さんは意外にもありがとうと頷いてくれた。多分、もしそこで首を横に振れば私まで割って入って譲らないと思われたのだろう。
今日は煉獄さんにゆっくりしてもらう日だから、なんて朝食をみんなで食べた後に片付けや洗濯や掃除や、できることを進め昼前になった頃に甘露寺さんは私を厨房へと誘い出しあるものを作ろうと台の上にサツマイモを並べていた。彼が好きな食べ物だと、勿論すぐに理解できた。煉獄さんへサツマイモを使って何かを作るのだと。聞けば、スイートポテトを作りましょうと淡い色の瞳を爛爛とさせるものだから、甘露寺さん自身も好きなのかなと思いつつ頷いた。
表面に焦げ目のついたスイートポテトを並べると甘い香りが充満する。
「うん!とっても美味しそうにできたわ!」
「良かったです」
食事を作るのは煉獄さんの屋敷で幾らか慣れてはいたけどお菓子作り、となるとなかなか失敗もし辛いものであるから少し緊張していた。
味見、と出来たてのスイートポテトを美味しそうに頬張る甘露寺さんは、やはり刀を振るって鬼を倒しているようには見えなかった。
「それじゃあこれ、煉獄さんのところへ持っていきましょう」
「はい!」
何度か、私も杏寿郎さんへ作っていた。美味い美味いとパクパク口にしていて、その姿が子供のようだったから堪えきれずに笑ってしまえば不服そうな顔をされたのはずっと忘れない。煉獄さんも、同じだろうか。
広い広い屋敷の廊下を甘露寺さんと歩きながら煉獄さんが休んでいる部屋へ向かう。名前を呼んで一声掛けてから甘露寺さんは襖を開いた。
「…………」
「甘露寺さん?」
私も部屋の中へ入りたいのだけれど、甘露寺さんは襖を開けた部屋の前から動かない。どうしたのだろうと瞬きを繰り返すが、甘露寺さんの横顔はさっきまで私と談笑していた穏やかなものではなく目が点になっていた。その様子に薄々何が起こっているのか察し、声を掛けた。
「あの……」
「いないわ!!」
キャアア、と私の声を遮るように甘露寺さんは甲高い悲鳴を上げ狼狽える。襖をガラリと開けて漸く私も煉獄さんがいるはずである部屋がもぬけの殻だということを確認できた。
「どうして!?」
「煉獄さん、足の怪我が」
「折角美味しいお菓子を一緒に食べようと思ったのに!!」
頬に両手をあてながらこの世の終わりだとでもいうように叫ぶ姿を見ていると、煉獄さんがいないことに怪我の心配ではなくそっちの心配をしていたのかと気が抜けそうになった。私も、一緒に食べたいと今しがた思っていたばかりではあるけれど。
お皿に載せたスイートポテトを見ていると、受け取ってくれさえしないものなのだと思えて寂しくなってきてしまう。
「煉獄さぁああん」
「どうした甘露寺!」
屋敷中を探し回ってもいなかった。だから、きっともう出てしまったのだろうと肩を落としていた時。甘露寺さんの喚き声に負けじと勇ましい声が被さり周りに流れる空気がぴたりと止まった気がした。
声のした方へ顔を向けると、部屋にいたはずの煉獄さんが悠々と廊下の先で佇んでいる。傍に抱えている荷物が気になるけれど、そんな私を置いて甘露寺さんは煉獄さんへと駆け寄った。
「煉獄さん!突然いなくなるから心配したんですようもう!」
「ああ、すまない。やはり少し暇でな。」
「、はい」
甘露寺さんの頭にポンポンと手を載せる煉獄さんにむずむずとしてしまっていると、不意に名前を呼ばれみっともない返事がでた。
「図書館へ行きたいと話していたな」
「あの、その前に足は、」
「治った!」
甘露寺さんの横を通り過ぎ私へと歩む煉獄さんへ気を引き締め、休んでほしいと話したのに抜け出したことを咎めようとすれば、ドンっと昨日一回りも二回りも腫れていた方の足を床板へと叩きつけた。その光景に唖然としている私へ煉獄さんは何事もなかったかのように話を続ける。
「俺が代わりに行ってきた」
「そんな一日二日で治……え?」
元々痛そうにはしていなかったから、今も我慢しているだけかもしれない。甘露寺さんが怪我の心配をしていなかったのはもう治っているだろうと確信していたからなのかとも頭を過るけど、ちゃんとこの目で確認するまではわからないと譲らない気でいたのに、予想外の言葉に固まった。
手当てをしている時に、どうして私が朝早くに甘露寺さんの屋敷を出ていたのかとか、詳しく話していた。この時代のことをよく知りたい、私の知っている日本の世界と同じであるかとか、知っていくことで何か手掛かりが掴めるかもしれない、それくらいしか今はできることが何もないと、そう話していた。ただ、その他にこの時代のことだけではなく、この人自身のことも知りたいと思っている。それは、この人には話せなかったけれど。
「知りたいことがあるといいのだが、目を通してくれるか?」
ただただ瞬きを繰り返しているだけの私に本を一冊差し出した。流されるように控えめに古びた本を受け取り、煉獄さんを見上げる。なんて事はない、だなんて今にも口にしそうな表情に唇を噛み締める。
「ありがとうございます」
「ああ!沢山持ってきたぞ。手当てしてくれたお礼だ」
お礼、だなんてそんなものは詭弁だ。きっと私が手当てをしていなくたって、図書館へ行こうとしていたことを告げたら私の代わりに行ってきてくれることに変わりはなかっただろう。煉獄杏寿郎は、そういう人だ。
「今日も天気が良いから、それ読みながら縁側でお菓子を食べましょう!」
区切りのいいところで甘露寺さんが見計らったように声を上げる。やけに楽しそうなのは漸くスイートポテトが食べれるからなのかと思ったけれど、そうでないことに縁側へ腰掛けた時に気付いた。じゃあ私は蜂蜜とってくるわね、なんて今やらなくてもいいことをさも忙しそうにしながらホイホイとスイートポテトを頬張った後に背を向けて行ってしまった。
形容しがたいむず痒さにそわそわしてしまう。その思いを隠すように、煉獄さんが私の隣へと積み上げた本を一冊手に取ってペラペラとページを捲った。
「読めるか?」
「はい、読めます」
「それは安心した!うむ、美味いな!わっしょい!」
大正時代であるならば、読めない書物があるとは思わなかった。ザッと見たところ普通に全て読むことができる。隣で合言葉のようないつもの単語を放つのを耳にしながら、ある写真が目に入りページを捲る手が止まる。
「ん?……ああ、ここ数年で観覧車や映画ができたようだな。知っているのか?」
よく、杏寿郎さんと訪れていたところだった。春になれば桜を観に行ったりもした浅草の名所。そこの遊楽地。お化け屋敷はまるで昔の日本を思わすコンセプトで日本人形にはいつ入っても慣れずにいた。観覧車にも二人で何度も乗った。他にも旅行するところは沢山あったけれど、どこへ行くよりも浅草のそこへ行くときの杏寿郎さんの顔付きがとても穏やかだったから、私がそこへ行きたいと何度も杏寿郎さんへ提案していたのは私だけの秘密。
「はい。もう観覧車、あるんですね」
「俺は行ったことはないが、そうらしいな。よく町で話は聞く」
杏寿郎さんとは、何度も足を運んだ。でも、煉獄さんは訪れたことはない。町で話を聞くというのは、誰と話をしているのだろう。違う人だとはわかってはいるのに、募らせてはいけない思いが芽吹いてしまいそうな気がしていた。
風が吹いて、甘い香りが漂ってくる。一度瞳を閉じて小さく息を吐いてから本を膝の腕でパタンと閉じた。それから煉獄さんへゆっくりと顔を向ける。
「本、ありがとうございます。後で読みます」
「今は読まないのか?俺のことは気にしなくていいぞ」
「今は、貴方のことが知りたいです」
昨日は、なんとなくそんなことを言えるような雰囲気でもなく、言えずじまいであったけれど、私はこの時代の煉獄さんのことを知っていきたい。その思いに理由をつけるのであれば、帰る手掛かりになるかもしれないと、そういう意味が含まれているのは間違いではないけれど、私自身、やっぱり、“知りたい”と思ってしまっていた。
「煉獄さんは、どうしてそんなに優しくしてくれるんですか。私、……赤の他人ですよ」
「もう他人ではあるまい」
「最初から優しかったです」
「邪険にしてはいけないだろう」
「……無理しすぎないでくださいね。いつも、自分は大丈夫だって言って聞かせて。そうやって鼓舞するのは大切なことです。でも、私はあなたの弱いところだって……」
視線を煉獄さんの手元へと落として、両手で包み込むようにその手をとったのは無意識だった。分厚くて硬くて、骨張った手。手のひらにはどれだけ刀を握っているのか想像することさえできないほど痛ましい豆ができている。こうして血の滲むような努力をしている間、この人は、誰かに弱いところを吐き出せているのだろうか。
「弱さを隠さないで、抑え込まないで、私にも傾けてほしいんです」
「……」
「分けてほしいんです。私は、一緒に悩みたい」
弱音なんて吐きたくないという思いは十分理解できる。声に出してしまうと、それが本当になってしまいそうで、そうは思いたくはないから。でも、ずっとそれを続けてしまえば、この人は、誰が守ってくれるのだろうか。
反応が返ってこず、恐る恐る煉獄さんへと視線を送ると、朗らかに笑う表情はなかった。
「……あの」
「その割には避けていたな。最初」
「それはっ、すみません……、似てるから……」
煉獄さんのなんの関わりもない人間の癖して何をぶっ飛んだことを話しているのだと今更ながら我に返る。慌てて手を放し膝の上でギュッと拳を握り締めた。
「冗談だ。俺は君の恋人ではないが、そう言ってもらえるのは光栄だ」
「……、」
「ありがとう。そんなことを俺に話すのは君が初めてだな」
そっと、盗み見るように視線だけ煉獄さんへ送ると、煉獄さんは目を細め、温かい春の日差しのような笑みを向けられ、思わず胸を熱くさせながらそのまま見惚れてしまっていた。
「ね、ね!煉獄さん、いい雰囲気ね!千寿郎くん」
「しっ、聞こえてしまいます」
ぼうっと目の前の人に目が離せないでいると、煉獄さんの後ろ、縁側の奥の方から聞こえてくる会話に息が一瞬だけ詰まった。
「気付いてるぞ」
「ええ!」
ばくばくと、二人がいたことなのかそれとはもっと別の意味であるのか、薄々気付いているこの気持ちを落ち着かせようとする私を置いて煉獄さんは立ち上がり、声のした方へ歩き襖を開けた。バツの悪そうに笑う二人を見据える煉獄さんの横顔は、特に怒ったりはしていないように見えた。
「勘違いされては困る。には心に決めた人間がいるんだ」
何も間違ってはいないことなのに、静かに言い放つその言葉に胸がいやに響いた。