花灯り

知っていること

元々甘露寺さんの屋敷は養蜂をしているから、常日頃甘い香りが仄かに香ってくることが多々ある。けれども例え蜂がどこからか花の蜜を運んで来ずとも甘やかな香りが厨房から香りたつのは、甘露寺さん自身が甘いものが好きで自身でもよく作っているからだ。
今日も今日とて甘露寺さんは帰ってきた途端、厨房へ私を誘い出し一緒に作りましょうと食材を台の上に並べた。またサツマイモだ。

「甘露寺さんもサツマイモ、好きなんですか?」
「え?う、うん!好きよ!とても好き!」

スイートポテトを作っていたのは煉獄さんがサツマイモが好きだから、という訳があったからだと思っていたけど、甘露寺さんもそうだったのだろうか。なんとなく、薄っすらと不確かな考えが頭に浮かぶが折角誘ってくれたので台の上に並べられたサツマイモを手に取った。
あれから、煉獄さんはたまにではあるけど私の元まで足を運んでくれる。これはいるか、こっちはどうだ、と家で帰りを待つ娘にお土産を渡す父親のようだと思ってしまうくらいには、なぜだか色々と私へ物資を届けてくれた。食べ物であったり着物であったり、髪飾りであったり。優しいから、私の様子を見に来てくれて、その時に手ぶらで行くわけにはいかないと思っているだけなのだろうけど、わざわざ会いに来てくれて、縁側で話をして。そんな時間が増えていっていた。
けれど、私がいた時代のことを煉獄さんは無理に聞こうとはしなかった。私が思い出すと、寂しくなるだけだとわかっているからだろう。だから、代わりに沢山話してくれる。家のこと、鬼殺隊のこと、千寿郎くんのことや甘露寺さんのことも。
見苦しく私は甘露寺さんへ嫉妬のような感情を芽生えさせてしまっていたけど、煉獄さんと甘露寺さんの関係はいたって健やかな関係だった。

「うーん……」
「美味しそうに見えますけど……?」

作り終えたお菓子、サツマイモプリンが数え切れないほどに台の上に並ぶ。いつもなら甘露寺さんは早速いただきますと手を伸ばすはずが、顎に手を当て何か考え込んでいるようだった。

「ちょっと作りすぎちゃったわね」
「え」
「そうだちゃん!煉獄さんのところへお裾分けにいってもらえるかしら!」

こんなに食べるのだろうか、と疑問に思うのは最初だけだった。そんな心配はまるで必要なく、甘露寺さんは作りすぎたと思える量も容易く胃の中へ納めてしまうのに、いいことを思いついたとばかりに私へ瞳を輝かせた。
さっき、薄っすらと浮かび上がっていた考えは的を得ていたらしい。最近、甘露寺さんはやけに私と煉獄さんの仲を気にするし、縁側で二人で話している時に入ってこなかった。多分、そういうことなのだろう。
けれど煉獄さんは私のことを、杏寿郎さんのように思ってくれているわけではないし、私も……、よくわからない。

「少し距離はあるけど、運動にもなるしね!身体治ってからお屋敷の外出たりしてないでしょう?」
「それはそうですが……」
「じゃあ、頼んだわね!」

ふふん、と愉しげに鼻を鳴らす甘露寺さん。ほぼ一方的ではあるけど、私としても行きたくないわけでは決してなく。混濁とした感情が胸の中を渦巻いていた。
意気揚々と私を見送る甘露寺さんに背を向け、一本道を歩いた。空が高く、薄っすらと雲が流れている。
煉獄さんの屋敷から甘露寺さんの屋敷へと歩いていた時はまるで周りが見えていなかったのだと改めて思う。都心で暮らしていた私には見慣れない光景が広がるけれど、心地が良い。
そういえば、煉獄さんは屋敷にいないことが多いからこうして私が会いにいっても、もしかしたらいないのではないのだろうか。いや、そもそも甘露寺さんはお裾分けをして、としか言ってなかったのだから、煉獄さんに会う必要はないのだけれど。言われずとも、すでに私はあの人のことばかり考えてしまっていることに自嘲した。

「御免ください」

きっと、今日もいないだろう。久しぶりに敷居を跨いだこの屋敷の前で声をあげた。どこか安堵している自分と、物淋しさを感じている自分がいる。
扉の奥の方で返事をする千寿郎くんの声が聞こえた。ガラリと襖が開いて下がった眉を目にする。

さん、こんにちは」
「こんにちは。これ、お裾わ、」
「兄上呼んできますね」
「え、あ……、」

手提げを千寿郎くんに渡す前に、至極当然のことのように千寿郎くんは踵を返して屋敷の奥へと消えていった。煉獄さんに用事があると思われたのだろうけど、そういうわけでもなくむず痒くなる。それから、いないと思っていた人がいることにも今更心臓がいやに木霊している。
入ってもいいのだろうけど、何も千寿郎くんは言葉を残していかなかったから一応扉を閉めた後、外でそのまま待っていた。扉に背中を預けて外門をぼうっと見つめる。本で読んだけど、私の認識が正しければここは荏原郡駒沢村、と聞き慣れない地名であったけど世田谷で間違いはなかった。杏寿郎さんと、時を経てここに住んでいるはずだったのに、どうして私はこの時代へ来てしまったのだろうか。いつになれば、何をしたら、私は元の時代に戻れて、杏寿郎さんに会うことができるだろうか。戻れるのだろうか、会えるのだろうか。一人でこうして考え込んでしまうと、どうしても思考が落ち込んでしまう。
そのまま視線も落としかけた時、誰かが屋敷へ入ってくる姿が視界に入った。

「…………」
「……、こんにちは」

槇寿郎さんだ。
頭を下げながら扉の前から退いた。私が屋敷にいた時、何度かこうして出くわすことはあったけど、今と変わらず槇寿郎さんは、私の存在なんてどうでもいいとばかりの視線を向ける。話したことは一切ない。
道を開けた私に槇寿郎さんは細い目でちら、と見た後、酒瓶を持つ逆の手で扉を開けた。

「父上!お戻りですか」
「退け」

扉が開かれてすぐに聞こえた煉獄さんの声に、さっきまでそわそわとしていた感情はどこかに消え去り、私が知っている二人からは想像のできないやり取りに心臓が凍りつきそうになった。
二人の姿は角度で見えないけれど、声だけでも、私が苦しくなる。どうしてこの人たちは、この時代に生まれて、この時代を生きているのだろうと、本来鬼という存在さえなければあり得た家族の姿を思い描き、心底胸が締め付けられる。


「…………」
「なぜ君が悲しい顔をする」
「貴方の代わりです」

中から出てきた煉獄さんが扉の端にいた私に声をかける。
槇寿郎さんだって、本当はこの人と同じく心優しい人なのだ。挨拶へ行った私にだって優しく笑いかけてくれた。うるさい奴だがよろしくな、なんて私の緊張を解そうとしてくれた。自分に優しくしてくれていた人が、人が変わったように冷たくなるなんて辛いの一言だけで表せるものではない。
私が生きていた時代は何もかもが平和で、幸せで。家族みんなで笑い合っていたのに。

「父上は、優しい人だ」

その穏やかな声色の中には、哀しさが混ざっているように感じた。顔を上げた私に煉獄さんは眉を下げて笑う。

「俺を死なせたくないから、俺には何もできないと話す。俺はそう思っている」
「…………」
「父上の考えは父上にしかわからないが。……自惚れだろうか」

まるで前に私が話した『弱さ』を見せてくれているかのように、煉獄さんは風に髪を靡かせながら私の言葉を待っているように見えた。
だったら私は、力になりたい。この人の哀しみがどれほどのものかはわからないけれど、私に分けようとしてくれているのであれば、受け止めたい。

「そんなことないです。貴方は、槇寿郎さんにとって大事な、大事な息子だから」

こうして、生きている時代が違うだけであって、平和な世の中に生まれていたら優しい笑顔を向けていたはず。あんなにも息子を優しい目で見ていたのを私は知っている。その優しい瞳は、私にまで向けてくれていた。
どうでもいいだのなんだの、そんなことは偽言に決まっている。

「貴方を思って、涙を流す人です。絶対に」

手提げを持っていた手に力が入り、爪が手のひらに食い込む。
煉獄さんの言う通り、槇寿郎さんの考えは槇寿郎さんにしか本当はわからないけれど、この思いが揺らぐことはない。

「ありがとう」

落とされた一言。肩を落として笑うその表情に、張り詰めていた空気が一気に和らいだ。ずっとこうして、煉獄さんにも心のままに笑っていてほしい。幸せになってほしい。
口を噤む私へ煉獄さんは手提げを奪い、本来の目的を思い出す。

「これは?」
「プリンです。サツマイモプリン」
「初めて聞くな」
「私も甘露寺さんが知っていることに驚きました。大きい町にはあるみたいですよ」
「そうか!なら今度、俺と町へ行かないか」

至って普通な誘い方にそのまま返事をしそうになってしまった。気分転換、だろうか。そもそも煉獄さんは忙しい人なのだと認識しているのだけれど。
意味を理解した後に瞬きを繰り返す。そんな私を他所に口端を上げ、楽しそうに笑う煉獄さんをまともに見ることはできなかった。