花灯り

どうか想い人よ

「少し冷えてきたな。寒くないか?」
「大丈夫です」
「寒かったらいつでも言ってくれ」

目的の場所まで、一際栄えた大きな通りを歩く。日は伸びてきたけれど夕刻近くになれば気温も低くなる。寒暖差が大きくて夜は寒い日が多いけれど今日はそれほどでもなかった。
元いた時代でも観光名所であったしその賑やかさは今でも変わらない。人の流れに沿って歩いている中で心配してくれるけど、私が寒いと言ったら煉獄さんがいつも身に纏っているその羽織を貸してくれたりするのだろうか。代々炎柱が羽織っているもの、と私に教えてくれたことがあるけれど。

「ありがとうございまっ、」
「あっすみません」
「いえ、こちらこそ」

きっと、貸してくれるのだろう。煉獄さんは、そういう人だ。それは私に限ったことではないと思うけど。だから、私はこの人に惹かれてしまうのだ。羽織を肩に掛けてくれる姿を思い描いていれば、不意にすれ違いざまに人とぶつかってしまった。よろけてしまったけど、転びはしなかった。
謝る声に反射的に返答したけれど、転ばなかったのは煉獄さんが支えてくれたから。腰に回された腕にそのまま引き寄せられた為、身体が密着する。

「大丈夫か?」

身を寄せ合うことなんて、杏寿郎さんとは当たり前であったのに胸が騒ぎ立てる。そういえば、煉獄さんは、私に触れるようなことは一切なかった。元気付ける為に肩を叩いたり、私から手を握ってしまったことはあったけど。
どくどくと胸は鳴り止まないけど、心地が良い。

「はい、ありがとうございます」

そっと離れて感じた寒さは、人肌がどうこうという話ではないことはとうに理解している。足元へ視線を落としたまま、空いた煉獄さんの骨張った左手を控えめに握った。温かい手のひらは、握り返すことをしない。

「人が、その、多いので……良ければ」

蚊の鳴くような声で呟いた私に、視線の先にあった手が私の手をぎゅっと握り返した。

「君が良いなら」

その一言だけが鮮明に聞こえて、賑やかなはずの周りの音が耳に通り過ぎていった。
離れているより、こうして触れ合っている方が落ち着いてしまっていた。
胸を熱くさせたまま、ずっと私に歩幅を合わせて歩いてくれる煉獄さんと、漸く目的の場所へ着くと思っていたより人は少なかった。私が想像していたのは、外国の人たちも大勢いるような人だかりだったけどよく考えてみれば時代が違うのだから当然だ。
到着したはいいものの、何をしようかと煉獄さんを見れば、どこか一点を穏やかな表情で見つめていた。その視線の先を追えば、十歳くらいの子だろうか、弟の面倒を一生懸命見ている。煉獄さん自身の過去と、重ねているのだろうか。

「あ、えっと、観覧車!乗りませんか?」

じっと見つめてしまっていたから、それに煉獄さんが気付かないはずがない。バチっと視線が交わって、露骨に動揺してしまった。
あからさまに視線を逸らして周りを見渡すと、一番に目に飛び込んできた観覧車。人もあまり並んでいない。そっちへ指をさし咄嗟に提案すれば、頷いてくれた。
煉獄さんは、私に穏やかな表情を見せてくれることが多いから、一隊士でいる煉獄さんのことはよく知らない。こんなに温厚な人が鬼と闘っていることが想像できなかった。一度助けてもらった時はあるけど、混乱していてよくわからないままだった。

「足元お気をつけください」

案内されるまま、ゆっくりと回る観覧車に乗り込んだ。手はずっと繋いだままだから、必然的に隣に座ることになったけれど、むしろこっちの方が良い。そもそも、思えば私は煉獄さんに甘露寺さんと住むことを勧められた時から、この人と離れたくないと感じていたのだ。
揺れる狭い部屋がぎこちなく動き出す。私のようだな、なんてその揺れと自分を重ねて自嘲した。

「帰り、少し遅くなってしまうな。すまない」
「いえ、私からお誘いしたので。煉獄さんは遅くなっても大丈夫ですか?」
「俺は問題ない。任務が入らなければ巡回があるが、朝早くはない」
「巡回……また、二週間くらい?」
「そうだな、それくらいになると思う」

一隊士、そして柱である煉獄さんのことは、私はまだ理解できていない。それでも、幸せになってほしいなと心から思う。けど、煉獄さんが幸せになれる理由が私かもしれないからという理由で、私は煉獄さんの思いを受け止めるわけではない。私が今、煉獄さんに伝えたいことは、そんな受け身なことではなかった。

「煉獄さん」
「また土産を買ってこよう!今度は君が好きだと話していた、」
「好きです」

これは、私のわがままだ。
私もただ、この人が、煉獄さんが愛おしくて仕方ないだけだった。

「貴方が、煉獄さんのことが、好きです」

繋いだ手を、ぎゅっと握りしめ瞳を合わせて確かに口にした。
燃えるような瞳に映る私は、いつになく自分の気持ちに正直で、真剣な表情そのものだった。
見つめあっている時間がやけに長く感じた。ギィ……と木が軋む音が響いた後、煉獄さんは眉を下げて笑う。

「無理をしていないか?」
「……無理、というか、その、複雑なのは、そうなんですが、」
「それなら、」
「でも、私も嘘を吐きたくありません。自分にも、貴方にも」

どこまでこの人は、私のことを考えてくれるのだろう。俺のことを考えてほしいと話していたけど、もしかしたら煉獄さんの中でも、私のことを慕ってくれるその想いの他に色々と思うところがあって、葛藤していたのかもしれないと今更浮かび上がる。そんな迷いを見せる振る舞いをしないだけで、そういう人なのだ、彼は。

「煉獄さんのことが好きな気持ちは、本物です」

問題は、沢山ある。考えれば考えるほど、どうしたら良いのかわからなくなる。でも、正解はわからないけど、これだけは確固たる思いだった。

「だから、っ、」

鈍い音を立てていた観覧車が、強い風が吹いたせいか大きく揺れた。そのせいで煉獄さんへと倒れこみそうになり、繋いでいた手を離し咄嗟に胸元へと手をついてしまった。倒れ込むのは防げたけれど、このまま顔を上げられる近さではない。

「すみません……」


ここへ来る途中、私を支えてくれた煉獄さんから離れたように、同じくそっと距離をとろうとした。けれど、離れようとした私の手首を掴み、もう片方は頬に触れる。
顔は、恥ずかしさで上げられないと、そう思ったばかりなのに。包み込まれる頬に温かさを感じながら、ゆっくりと煉獄さんへと顔を上げる。交わった瞳の奥に映る自分が徐々に近くなり、そのまま瞳を閉じた。
ふわりと重なった唇から全身に熱が伝わる。初めてするのに、そうでない感覚はある。でも、今だけは、何もかもを投げ出して、目の前の人で胸がいっぱいだった。

「……嫌だったか」
「いえ、これは、違くて」

自分でも、よくわからない涙が溢れていたらしい。
頬に触れていた手でそのまま涙を拭ってくれる。心なしか不安そうな表情を浮かばせているように見える煉獄さんにちょっとだけ新鮮さを感じてしまう。涙は、拭いてもらわなくても大丈夫だと煉獄さんの胸元へと額を預けた。とくりとくりと伝わる心臓の音にすら心地よさを感じる。

「そろそろ着いてしまうぞ」
「……見られて、困ることはしてません」

好きだ、煉獄さんのことが好き。でも、杏寿郎さんのことも好き。忘れたわけではないしこれからもずっと好きだと思う。私にとって大切な人が二人いる。それは、許されないことだろうか。それでも、自分の出した気持ちに、迷いはなかった。


「はい」

観覧車を降りて、来た時よりも少し薄暗くなり人も疎らになった園内を歩く。まだ帰りたくない、帰ってしまえば、二週間は会えなくなってしまうのだ。別れが惜しいと、煉獄さんも、同じ思いでいてくれているだろうか。

「帰ってきたら、桜を見に行かないか」
「桜?でも、まだ時期が」
「河津桜はもう咲いているだろう」

煉獄さんの屋敷の庭に植えられていたのは、桜の木だと千寿郎くんが話していた。その時期になったらお花見をしましょう、と誘われた時期にはまだ遠い。疑問をそのまま口にすれば、遠出をするということらしい。

「はい、ええと……皆さんで?」
「分かりきったことを聞くんだな、君は」
「一応……」

家族も、仲間も大事にする人だから。私が独り占めしてしまっても良いものなのだろうかと過るのだ。
尋ねた私に、煉獄さんは私の手をとった。来た時のように人は多くはない。逸れる心配も、誰かにぶつかることもない。

「二人で行こう」

穏やかに笑うその人へ、私も手を握り返して頷いた。