花灯り

待ち侘びた夜明け

会えない日が長く続くと決まっていると、昨日のこともあってか途端に侘しさを感じてしまう。巡回、と話していたけど無事に帰って来てくれるだろうか。
落ち葉が散乱している屋敷の前で箒を手にしながら小さく息を吐いた。

「何の溜息だ?」

朝日が昇って数時間といったところだろうか、朝食を済ませ、おそらく煉獄さんはもう向かっているだろうと思っていた。昨日別れ際、また巡回が終われば会いに来る、と話してくれていたから。
声のした方を振り向けば、煉獄さんがこちらまで歩いて来る。

「煉獄さん」
「出る前に会いに来た!」

朝の日差しに負けないほど眩しい笑顔を向けられる。その表情につられるように私も自然と頬が緩んだ。

「さっきの溜息は?」
「……えっと、会えないと思ったら寂しくて吐いた溜息です」

目の前まで歩み寄った煉獄さんに、迷いながらも本当のことを口にした。恥ずかしいけど、嘘を吐く必要もないと思った。
伝え終えてから、足元へと落としていた視線を煉獄さんへ戻せば、目尻を下げていた。やっぱり、鬼と戦う煉獄さんは、想像ができない。

「手紙を出そう」
「ご面倒でなければ」
「そんなはずないだろう」

例え会えない日が続いても、元いた時代では気軽に連絡が取れていたし、声も聞けたから寂しくとも待つことに苦はなかった。
いつでも側にいたいと思うのに、改めてその難しさを実感する。
お手を煩わせるわけにはいかないと、遠慮がちに言えば煉獄さんは呆れたように笑ってから私の両肩にそっと手を置いた。

「行ってくる」
「はい、お気をつけて」
「……」
「…………えっと、少し屈んでもらえますか?」

じっと、両肩に置かれた手はそのままで見つめられる状態が続くものだから、意図がわかってしまった。少し少年のような幼さを感じてしまう。けれどこのままだとどう足掻いても届かないので、その為要求すれば何かに気づいたように煉獄さんは私へと少しだけ顔を近付けた。
私も煉獄さんの胸元へと手をあて、踵を上げてそのまま口付けた。
離れて、私に向けられた笑った表情にあどけなさが残る。凛々しくて、逞しいその人から浮かび上がるこの表情は、私にしか出せないものだといいなと、そう思ってしまう。

「ありがとう、行ってくる!」
「行ってらっしゃい」

これがしたくて、わざわざ会いに来てくれたのだろうかと思うと胸が途端に熱くなる。私に背を向け、その場から一瞬で姿を消した煉獄さんの後を見つめる。集めた落ち葉が風にひらひらと舞い散っていた。

「……ちゃん……!」
「!、甘露寺さん、お戻りで」

後方、少し遠い場所から聞こえた声に振り返れば、口元を両手で抑えた甘露寺さんが頬を赤らめていて、興奮気味にトタトタと私の元まで駆けてきた。その勢いのまま、瞳を爛々と輝かせ私の両手をがしりと掴む。

「いつの間に煉獄さんと!?」
「き、昨日から……」
「も〜!!ずーっとお似合いだと思ってたのよ!私!!」

キャッキャと年相応に自分のことのようにはしゃぐ甘露寺さんに圧倒されつつも、素直に嬉しくなる。大きく纏めた三つ編みを揺らした後、一度甘露寺さんは私の手を放した。それから顔の前で手のひらを合わせる。

「だったら、煉獄さんのところへ戻りましょう!好きな人とは一緒にいたいわよね!あ、追い出してるわけじゃないのよ?」

頬を緩ませながら首を少し傾けた甘露寺さんの提案に気が付いた。
考えていなかった、煉獄さんのところへ戻ることは。そもそも、どこへ住むかの決定権が私にあるわけではない。だから甘露寺さんも、煉獄さんも良いのであれば私はまた戻りたい、とは思うけれど。
口端を上げる甘露寺さんを見つめていると、何も発さない私に甘露寺さんは瞬きを繰り返す。

ちゃん?」
「あ、いえ、その……、寂しいなと、思って……」
「……」
「もしそうなっても、会いにきても良いですか?」

煉獄さんの屋敷へ出る時とは、また違った寂しさが募る。随分と良くしてもらったのだ、あまりない休みの日にも私と厨房に立って一緒に何かを作ったり。それを煉獄さんの元へ届けさせるという計らいもあったのかもしれないけど、元いた時代のような日常が甘露寺さんのおかげで過ごせていた。友達だなんて烏滸がましいことは言えないけれど、また一緒にお菓子を作りたい。
尋ねた私に、甘露寺さんは目を徐々に丸くさせながら、一際高い声を上げた。

「もちろんよぉお!!」

華奢なわりに、抱き竦められた力が思いの外強くて苦しかったけど心が和んだ。
その後、甘露寺さんの話してくれた通りに、また煉獄さんの元へ世話になっても良いかと早速手紙を私から出せば、数日後に鎹烏が私の元へ飛んできた。頭上ではなく、目の前に突然黒光る鴉が現れるのにはまだ慣れずに、おぼつかない手つきで足に括られている手紙を外し開いた。達筆な字で書かれたそれに目を通せば、無意識に口元が緩んでしまう。

「煉獄さんから?」
「はい」

夜が明けて戸を開けた縁側で太陽の下、手紙へと視線を落としていた私に甘露寺さんが横から声をかける。その近さに少しだけどきりとした。

「なんて?」
「また一緒に暮らそう、と」

この時代に来たばかりでお世話になっていた時は、私自身いつまでも状況が飲み込めなくて、混乱していて、迷惑を掛けっぱなしだったと思う。今でもそれはあるかもしれないけど、煉獄さんがそう言ってくれるのであれば今度こそ、煉獄さんの役に立ちたい。

「なんだかその言い方……」
「?」
「家族みたいね!」

朗らかに笑った甘露寺さんに一度固まり、それから顔中に熱が走る。
好きだと伝えられて、伝えて、だから多分、そういうことにいずれなるのだと思うけど実感が湧かない。煉獄さんは、考えているのだろうか。
暖かな風がそよぎ前髪が揺れる。太陽が顔を覗かせたばかり、明るく差し込む日差しが心地いい。けれども胸の内を一人騒ぎ立てている私に、甘露寺さんはそうだ、と愉しそうに発する。

「これからお団子屋さんに行かない?」
「これから?朝早くからやってるんですか?」
「ええ!そこね、春限定の美味しいお団子が出てるのよ!今日みたいな日に外で食べると、とっても美味しいの!」

煉獄さんとも良く行っていたのよ、と付け足されてしまえば、頷かないわけにはいかなかった。嫉妬ではないけれど、二人がよく行っていた場所なら私も行きたい。
まだ煉獄さんの知らないことは沢山あるのだと思いながら、手紙の返事を書いた。
貴方が良く行くお店に私も行きたい。美味しいと思うものを一緒に食べたい。能や歌舞伎もまた見に行きたい。好きなものを、共有したい。
直接煉獄さんを前にすれば出てこない言葉も、こうして手紙でなら伝えられる。少し恥ずかしい思いは残るけど、この思いが届きますようにと筆を走らせた。
鎹鴉の足に括り、青空を飛び立つその様子を見届けてから甘露寺さんと町へ向かった。