花灯り

花はいつか

列車の窓から見える景色は、東京よりも一足早く春を彩っていた。もうすぐ目的地に着くけれど、それまで飽きが一切来なかったのは煉獄さんがずっと私に手紙に書いた内容を嬉々として話してくれていたからだ。

「それから、よく行く店は甘露寺と行っていたと話していたところと、この間君とも行った魚が美味い定食屋だな。好きな食べ物は知っているだろう?好きな色は特にないが赤には惹かれるな!後は……」
「あの、もう、大丈夫です」
「君が知りたいと言ったんだろう」

途中、私が口を挟むことはあったけど、この時間で随分と煉獄さんのことが知れた。けれど、丁寧に一から全てを面と向かって教えられると恥ずかしくなってきてしまう。少しだけ不服そうにする煉獄さんに申し訳なく思いつつも苦笑する。

「そうなんですけど……。やっぱり、これから知っていきたいとも思いました」
「……そうか!なら、そうしよう」

私に笑い返す煉獄さん。もうすぐ桜並木を楽しめるというのに、この時間が惜しいと思ってしまった。
合わせていた視線はそのまま下へ向かう。

「その着物をは初めて見るな」
「甘露寺さんが、折角だからと。着物に着られてしまっていますよね」
「いいや、似合っている」

煉獄さんが帰って来る前、甘露寺さんとお団子屋に行った日だった。折角だからおめかしして行っておいでと、向かう場所に合わせて桜が散りばめられた着物を買い付けてくれたのだ。本当に頭が上がらない。そして、煉獄さんが私が着ている着物の柄を覚えてくれていたことにも嬉しさが溢れてくる。

「ありがとうございます」
「俺も贈ろう」
「……私が身につけているもの、ほとんど煉獄さんからのものですよ」
「それが良いんだ」

そうして暖かな声と表情を向けられてしまうと擽ったくなってしまう。唇を噛み締めていると、汽笛の音が鳴り響く。列車の速度も徐々に落ちていき、漸く目的の駅へと到着した。
名残惜しさを感じながらも席を立つと、列車を降りる時に先に降りた煉獄さんが私へと手のひらを向ける。その手に自分の手を重ねて、放さないまま人の流れに沿って駅を後にした。
春の風は穏やかで暖かい。川にはこぼれ落ちて行った桜の花弁が敷き詰められている。
ひらひらと風に乗って散る桜が儚くて、綺麗だった。
川沿いの砂利道を、ずっと桜を見上げながら歩く。列車に揺れていた時とは違って会話はないけれど、それがとても心地の良い時間だった。一人ではなくて、隣に煉獄さんがいるから、なおさらそう感じるのだと思う。
しばらくはそのまま優美な桜に魅入り、何軒か茶屋が見えてきたところで煉獄さんへ視線を向けた。

「……、あの」
「綺麗だな!」
「あ、えっと、ずっと見られてました……?」
「半々だな」

揚々として応える煉獄さんに顔に熱が走る。振り向いた瞬間に目がすぐにあったものだから、ずっと見られていたのかと思った。

「恥ずかしいので……、桜を見てください」
「桜を見ている君も、桜のように綺麗だから仕方あるまい」
「桜のように綺麗なのは煉獄さんの方です」

煉獄さんは、なんでもいいように私のことを捉えてくれるけど、そんな大層な人間ではないし、面と向かってそんなことを口にされてしまえば嬉しいを通り越して単純に気恥ずかしいのだ。
口を尖らせる私に煉獄さんはなんのことだと言わんばかりに首を傾げる。

「桜って、こうして満開だと夜でも周りを明るくしてくれますよね。煉獄さんみたいだなって、思うんです」

いつでも満開で優美に佇んでいて華やかで、こっちに来てずっと鬱々としていた私さえも心に明かりが灯るような、そんな印象だった。
思った通りのことをそのまま口にした私に、煉獄さんはくしゃりと笑う。

「それは君の方だ」
「いいえ、煉獄さんです」
「…………

このままちょっとした言い合いになるだろうか、それはそれでいいかもしれないなんて、この時間を楽しもうとしたけれど、じ、と私を見つめた煉獄さんに真剣な声色で名前を呼ばれた。何を言われてしまうのだろうと、胸が重く鳴り響く。
こくりと唾を飲み込み煉獄さんの言葉を待った。

「いいや、なんでもない。向こうで休まないか?」

けれど、私に伝えようとしてくれたことは言葉にはせずに、川沿いの先の茶屋を指差した。
気になったけれど、煉獄さんが言わないと決めたことを掘り下げて尋ねることもできずに頷いた。

「美味しいですね」

流れのままに暖簾をくぐった茶屋では和菓子が豊富に並んでいて、折角だからと選んだ桜餅を店先の椅子に腰掛けて頬張っていた。

「ああ。甘露寺が、前に千寿郎に教えていたな」
「……私も教えてもらいます」
「今のは失言だったか」
「いいえ、私も煉獄さんに美味しいものを沢山食べてもらいたいだけです」

煉獄さんの察しの通り、ほんの少し嫉妬をしてしまったのだけれど。煉獄家でよく出る和菓子であるなら私も作れるようになりたいという、子供染みた考えだ。目の前の桜並木を眺めながらぽそりと呟いた私に、煉獄さんは短く息を吐いた。
こうして、透き通る川に春風に揺れる桜並木だけを目の当たりにしていると、さして変わらない旅行先でのことを思い出す。杏寿郎さんと訪れた時も、人は多くて空気は今より少し濁っているかもしれないけどほぼ同じだった。
ぼうっと、無意識にその時のことを思い描いていた自分に我に返り、残りの一口を口にした。今は煉獄さんといるのに、そんなの失礼あたってしまう。

「宿、列車から沢山見えましたけどどうしましょうか」

「はい」
「無理に忘れようとしなくていいんじゃないか。……俺が言うと、説得力がないが」

どうして、わかったのだろう。
桜を見ていた私の視線の先は、桜ではなかったこと。眉を下げて笑う煉獄さんに、胸がギュッと締め付けられた。

「いえ、ありがとうございます」

そういうところまで、別人とは思えないほどに同じ人だった。自分のことは後回しにして私のことばかり考えてくれる。こうして私が重ねてしまうことに、きっと煉獄さんは良い気はしないと思うのに、それでも良いのだろうか。
当然のように、この辺りの宿に洋風のホテルはない。旅館ばかりでそれさえも杏寿郎さんといた頃と意識せずともふとした時に重ねてみてしまうのだ。

「俺は、君が涙を流さないでいてくれたら、それで良い」

月明かりが障子の向こう側から仄かに部屋を照らしていた。二組敷いてあった一つは使っていない。隣で横になる煉獄さんへと、重ねてしまうことに今日一日罪悪感を感じてしまい正直に話して謝った。瞼を伏せる私に煉獄さんはそっと頬を撫でる。

「来たばかりの頃は、夜な夜なずっと泣いていただろう」
「……もう、あまり覚えていません」

穏やかで落ち着いた声が心地いい。
私が何を言っても、何をしても肯定してくれるのだろう。すごく、幸せ者だと思う、私は。
そっと瞼を上げれば、薄暗い部屋の中で熱い瞳と交わる。柔く重なった唇が暖かい。まるで私が何か繊細なもののように感じてしまうほど、優しくて綺麗な夜だった。