花灯り

狂おしいほど穏やかな

小鳥の囀り、窓から溢れる朝の日差し。
徐に瞼を上げて、一番に視界に飛び込んできたのはあどけない表情のまま眠る煉獄さんだった。その表情に自然と笑みが溢れてしまう。
いつも煉獄さんがしてくれるように、私も煉獄さんの頬へ触れてみた。近くでよく見ると傷跡のようなものが見られるけれど、なにより綺麗だと思った。
傷跡を指先でなぞっていると、煉獄さんの眉毛がぴくりと揺れる。すぐにぱち、と開かれた瞳に捉えられた。

「おはようございます」
「ああ、おはよう」

頬を撫でていた手を煉獄さんが上から包み込む。
こうして、触れ合って、見つめ合っているだけでも私の心は満たされていく。
こんな人に愛されているなんて、これほどの幸せは他にないとまで思ってしまう。

「起こしてしまってすみません」
「いいや、そろそろ起きる時間だった」
「朝食の準備しますね。千寿郎くんもそろそろ起きてる筈なので」
「ありがとう」

ふわりと笑う煉獄さんに、私もつられて小さく笑った。
今日は会議だ、と起き上がる煉獄さんの背中には無数の傷がある。痛々しいけれど、せめてここにいる時だけは安らいでほしい。
いつもの隊服の袖に腕を通す煉獄さんに続いて私も着替え始める。

「煉獄さん」
「どうした?」
「髪、結わせてください」

一式敷いていた布団を片し、朝食の準備へと部屋を出る前に刀の具合を確かめていた煉獄さんへ声をかけた。綺麗な刃に反射した煉獄さんの顔が映っている。
私へと振り向いて刃に映った煉獄さんの髪はまだ結われておらず無造作のままだ。

「髪?」
「はい、駄目でしょうか」
「駄目なわけない」

おまじないとか、願掛けとか、そういうのがあるわけではないけれど。
ふとその髪を見て、私が結いたくなっただけ。頷いてくれた煉獄さんはその場へ座り、私も煉獄さんの元へ歩み寄り膝立ちになって紐を受け取りその髪へ触れた。
隊服の中に入ってしまっていた髪の束を一度纏め上げて外へと出す。

「髪の毛、柔らかくてふわふわしてますね」
「そうだろうか。自分では慣れてしまっていてわからないな」
「猫っ毛です」
「猫と一緒か!」
「一緒です」

上の方を纏めて紐で結びながら、お互いくすくすと笑いだす。激しく動いても取れないように硬くキュッと結んでから、終わったことを告げずに煉獄さんへと腕を回した。
顔にあたる髪の毛の擽ったさ、瞳を閉じて感じる煉獄さんの匂い。全てが愛おしい。
肩口に顔をのせる私の頭を大きな手のひらが撫でる。

、顔を上げてくれ」

耳元で聞こえる声に、言われた通りに顔を上げれば至近距離で交わる瞳。ゆっくりと近づいてきて、そのまま触れた唇に胸が満たされる。軽く触れた後に、くしゃりと向けられた笑顔に、幸せな朝だと思った。

「今日は俺も作るぞ、いつも任せきりだからな」
「い、いえいえ!私にやらせてください。私がやりたいし、巡回の報告書とか、その間に」
「また俺を厨房に立たせないつもりか」
「はい」

頷けば、あからさまに眉間に皺を寄せる煉獄さん。
私がやりたい、というのは本音なことに変わりはないけれど、煉獄さんに料理はさせられない。むしろ、人には向き不向きがあるとは言うけれど煉獄さんができないことが一つでもあってよかったとさえ思う。

「わかった、なら今日も頼もう」
「はい。任せてください」
「宇髄は妻が三人いるから分担していると話していたが、俺の妻は君一人だけだ。だから何かあれば言ってくれ。遠慮なく」
「ありがとうございます。えっと、宇髄、さん?」

一度私の腕を放して、向かい合わせで座り直す。私が首を傾げると、煉獄さんは、ああ、と思いついたように話し始める。

「柱の一人だ!甘露寺と、それから胡蝶と同じく。柱は九人いる。今日は柱が集まる会議がある」
「あ、甘露寺さんも仰ってました」
「そうか。甘露寺に教えてもらっていたか!」
「いえ……、そういうわけではなく、柱の方たちに、その、私と煉獄さんのことを教えたい、と……」

自分で口にして、なんて呑気な会話をしていたのだろうと思った。否、その言い方は甘露寺さんに失礼だろうか。けれど、柱はどういう人がいてどんな会議をする、とか、そんな深い話はしていなかった。
徐々に尻すぼみになってしまう私を見て、煉獄さんは瞬きを繰り返す。

「君は嫌なのか?」
「嫌、というか、恥ずかしいので……」
「わかった。甘露寺にも伝えておこう。言いふらすものでもないからな」

煉獄さんの返しに、少し拍子抜けだった。甘露寺さんのように押されると思っていたから。
今度は私が瞬きを繰り返していると、だが、と続けた。

「お館様には紹介したい。会議が終わったら迎えに行く」
「お館様……」
「ああ、偉大な方だ」

煉獄さんがそこまで言うほどの人、私もどんな人であるのかが気になった。そんな前情報に緊張するけど、誰かに私を妻だと紹介されることがきっと初めてになる。そのことにも少なからず浮き足だってしまう自分もいた。
けれど、会議から帰ってきた煉獄さんの話を聞けば、それはまた後日になりそうだった。

「すまない、任務が入った」
「いえ、謝らないでください。これからも頻繁にあると思うので、こういうこと」

青空が広がる日中、厨房でとあるものを作っている私に煉獄さんは眉を下げていた。元々煉獄さんは忙しい人なのだ。任務も柱である以上救援要請含め一隊士よりも入るのだろう。その度にしていた約束を破ることにはなってしまうけど、人を助ける方が優先だ。

「すぐに帰る」
「はい、その方が私も安心します。そうだ、一緒に縁側で食べようと思っていたんですけど、これ」

お盆に載せていたものを煉獄さんへと差し出した。満開の桜を見に行った日に、拗ねたように私も作れるように、と煉獄さんへ話していた桜餅。
艶々としている薄紅色の菓子を前に、煉獄さんは下げていた眉を上げ、手を伸ばした。

「いただこう!」
「さっき味見してみたんですけど、美味し、」
「美味い!」

お屋敷中に響き渡るような声量で発された一言に、眉を下げて笑った。
一緒に屋敷の外まで歩き、ここで、というところで立ち止まる。

「お味噌汁作って、待っていますね。さつまいもの」
「それは帰りが楽しみになるな」

悲しい顔を、寂しそうな顔をしないでほしい。こうして笑っていてほしい。あなたが幸せになれる理由が私であるなら、何を差し置いても私は役に立ちたい。
上空で煉獄さんの鴉が鳴いているのを耳にしてから、煉獄さんへと歩み寄る。肩に手を置き踵を上げれば煉獄さんも顔を近付けてくれる。

「いってらっしゃい、杏寿郎さん」

離れてから名前を呼べば、一度息を呑むように固まってから、杏寿郎さんは私の頬を撫でた。

「行ってくる」

いつもの溌剌としたそれではなくて、そこには確かに杏寿郎さんからの愛情を感じ取れた。
背中が小さくなることもなく、今日もまた杏寿郎さんは私へ笑顔を見せたのを最後に、一瞬でその場からいなくなった。
今までで、一番美味しいと思ってもらえるようなお味噌汁を作って待っていよう。結局、杏寿郎さんは変わらず今日のように『美味い』と言ってくれるのだろうけれど。
帰ってきたときの煉獄さんを思い浮かべながら今日一日を過ごしていたから、胸が鎮まることがなくて寝付きが悪かったのかもしれない。
鏡で見ると、うっすらと目の下にクマができていた。心配させてしまうだろうか。でも、眠れなかった理由はあなたです、なんて恥ずかしいこと言えたものでもない。

「要」

どう誤魔化そうかと、次の日の朝、廊下を歩いていれば外を掃除していた千寿郎くんの声が聞こえる。開けられたままの戸から見えるのは千寿郎くんと、杏寿郎さんの鴉だ。
鴉の声は聞こえないけれど、何かを伝えられた千寿郎くんは、震えながらその場に蹲った。
何故だか、帰ってくるのが当たり前だと、いつまでも幸せが続いていくのだと、そう感じていた。
そんな筈は、決してなかったのに。お庭の桜だってまだ、満開になっていないのに。